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── 15年前、ニースのレストラン
面倒な話になってしまったな。
父親が経営するレストランの個室で、エティエンヌは一人、じっと席に座っていた。
テーブルの上には、縁に金細工を施した食器。これから始まる交友を深めるためのランチの用意だ。
(まさか、父親の頼みとはいえ、日本の留学生の面倒を見ることになるなんて……)
ド・ヴァロア家は、代々料理人を輩出してきた名門だ。
エティエンヌの父親はド・ヴァロアの名に恥じないシェフとして活躍している。
そして彼は、自分の店を継ぐであろう息子にも、同等のレベルになることを求めていた。
その修行の一環としてエティエンヌに言いつけられたのが、日本から料理学校へ編入するという「リリカ」という女性の面倒を見ることだった。
正直、エティエンヌは女性というものが苦手だ。フランスの名家であるド・ヴァロアの跡継ぎ息子という欲目から、愛情ではなく金勘定を優先して接してくる女性に、幾度となく悩まされてきた。
今回の「リリカ」も同じだろう。そう思っていると、個室に1人の女性が入ってきた。
背中に揺れる艶やかで長い黒髪。肌理の整った肌。美しい茶色の目。清潔な白いシャツに動きやすそうなパンツスタイルでもわかるほど、彼女のボディラインはエティエンヌの目を引き寄せる。
椅子から立つのさえ忘れるほどの衝撃を受けたエティエンヌへとどめを刺すように、彼女の可憐な唇から放たれたのは驚くほど滑らかなフランス語だった。
「はじめまして、諏訪梨々香といいます。父からよく貴方の話を伺っているわ」
この日ほど、エティエンヌが自身の固定観念にとらわれた妄想を恥じた日はない。
話せば話すほど、梨々香の料理や文化への知識、そして料理を通じて食べた人を幸せにしたいという情熱が伝わってくる。
なによりも、料理に熱中していることが伺える手の傷や火傷の痕は、エティエンヌにとって好ましさの対象だった。
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