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山頂での告白から7年。
2人は経済的にも、シェフの修行の面でも少しだけ安定し、同棲を始めていた。
同棲を切り出したのはエティエンヌだ。
少しでも早く、梨々香と結婚したかった。
彼女が若くて健康なうちに子供も欲しい。
一族にも引き合わせたい。
彼は強く望んでいた。
「梨々香ったら、コーヒーを出しっぱなしにするなんて珍しいな」
酸味の増したコーヒーを飲みながら、エティエンヌは首をかしげる。
普段の梨々花なら、残ったコーヒーは保温ポットに入れておくはずだった。
エティエンヌは、定期購読している料理関連のニュースサイトを何気なく開く。
トップ記事が目に入った。
『日本人女性シェフのレシピ盗作疑惑!……』
何かゾッとするものを感じ、エティエンヌは食い入るように記事を読み込む。
記事曰く。その女性は勤め先のレストランに伝わるレシピを使ってコンテストに応募し、優秀賞を受け取っているいう。
如何読み取っても、梨々香を知っている人間なら、すぐ彼女を思い出すような書き方をしてあった。
「何を馬鹿なことを!」
日本からたった1人、言語の壁も乗り越えて、料理に真摯に向かい合う彼女が他人のレシピでコンテストに応募するなんて、ありえない。
おまけにレシピを応募したというコンテストは、梨々香が件のレストランへ勤め始めた年よりも前のことだ。
(……待てよ? 梨々香、今日は本当に出勤日だったのか?)
焦燥にかられながら、エティエンヌは必死に梨々香へ電話をかけた。
何度も、なんども電話をかけて、何十分と経った頃。ようやく、彼女と電話がつながった。
「梨々香!」
「……エティ」
かすれた声の向こうに、空港のアナウンスが響く。
まさか、とエティエンヌは息を呑んだ。
「記事を読んだでしょう?」
「読んだ。だが、待ってくれ、梨々香」
「……私がたとえ悪くなかったとしても、周りはそうは見ないのよ、エティ」
「僕が守る。話してくれ。頼ってくれ!」
電話が切れる。
そのあとは、メールも、何もかも、一切繋がらなかった。
相当の覚悟だったのだろう。エティエンヌの祖父であるマルタンさえ、彼女とその家族に連絡を取ることはできなかった。
だが。しばらくして、梨々香の潔白は証明された。
レストランオーナーが別の女性に対する痴漢行為で逮捕された際、自分に靡かない梨々香にわざと偽の記事を書いて名誉を貶めようとしたと自白したのだ。
エティエンヌは涙し、悔しがった。
彼女に落ち度は何もなかった。
にもかかわらず、守ることも、頼ってもらうこともできなかった、と。
そう伝えようと何度もメールを送ったが、やはり返事は来ない。電話もつながらなかった。
日本へ行く機会もあったが、梨々香を探すことそのものが彼女の迷惑になるのではないかと思うと、エティエンヌは臆病になっていた。
2人の突然の別れから15年。
月日は、そうして過ぎ去ってしまったのだ。
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