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2. リュカのお願い
そうして三十分ほど経った頃、汚れを落としてさっぱりとした姿になったリュカがお風呂から上がってきた。
「……お風呂、ありがとうございました」
「あらやだ、美少女……」
「え?」
うっかり呟いてしまった私にリュカが怪訝な眼差しを向ける。
いけないいけない、つい口からこぼれてしまった。だって、リュカの姿があまりにも可愛らしかったのだ。
さっきはフードを被っていてよく分からなかったけれど、綺麗な白銀の髪と金色の瞳が目を引く整った容姿。着替えに渡した自分の寝巻きのワンピースを着たリュカは、その格好のせいでとびきりの美少女に見えた。
いやいや、でもおかしな目で見られているのではと怯えさせてはいけないし、私も危ない女だと誤解されたくはない。
私は至って無害そうな笑顔を作って誤魔化した。
「じゃあ、ごはんの前に傷の手当てをしようか。そこに座って怪我したところを見せて」
私が椅子を指差すと、リュカが静かに腰掛けて、切り傷のできたくるぶしを見せてくれた。
「傷は浅いわね。腫れてはいないから捻挫や骨折はしてなさそう。ここ、触ったり曲げたりしても痛くない?」
「はい、痛くないです」
「じゃあ、軟膏を塗って包帯を巻くわね。数日もすれば治るはずよ」
そう言って手早く手当てを済ませると、リュカは俯いて「……ありがとうございます」と小声で言った。なかなか照れ屋なのかもしれない。可愛い。
「どういたしまして。それじゃ、傷の手当ても済んだし、食事にしようか。すぐ作るから座って待ってて」
いつもは料理をするのが面倒なので、パンだけとか、スープだけだったりするのだが、今はそういうわけにはいかない。普段より品数多めのパンとチーズとスープを用意してテーブルに並べた。
「はい、お待たせ。豪華じゃなくて悪いけど、不味くはないはずだから」
「美味しそうです。いただきます」
お腹が空いてがっつくかと思ったら、予想に反して丁寧に味わって食べてくれている。
クッキーをあげたときにも思ったけれど、食べ方に上品さを感じる。顔も整いすぎなほど綺麗だし、礼儀もしっかりしているし、もしかするとリュカは良いところのお坊ちゃんなのかもしれない。
一体どうして家を逃げ出すはめになったのかは分からないし、無理やり聞き出す気もないけれど、とりあえずもう少しリュカの情報が知りたい。
「リュカは何歳なの? ちなみに私は17歳」
「俺は12歳です。ソフィさん、しっかりされてるからもっと年上かと思いました」
「はは、よく言われるのよね。ところで、家から逃げてきたって言ってたけど、ここまではどうやって来たの?」
「とにかく遠くに行きたくて、行商の馬車に潜りこんで運んでもらいました」
「行く当てがないまま出てきたってこと?」
「……はい」
「家に帰るつもりはないの?」
「……はい」
リュカが覚悟を決めた表情でうなずく。行く当てもないままに逃げてきたのは無計画とも言えるが、それだけ切羽詰まった状況だったのかもしれない。
「それは、家だと身の危険があるってこと?」
「……そうです。詳しくは話せませんが……」
もしやとは思ったが、なんということだろう。まだ12歳の子供が自分の家で命の危機に遭うなんて。
私が絶句していると、リュカが神妙な顔で切り出した。
「……あの、どこか俺でも雇ってくれそうな場所は知りませんか? あまり人の目につかない場所で、住み込みとかで働いて暮らしていけたら……」
「そうねぇ、私の知り合いは薬の取引相手と、町に出かけた時に寄る店の店員くらいしかいなくて……。町で人目につかないような仕事なんてあるかな……」
顎に手を当てて考えるが、なかなか良さそうな仕事が思い浮かばない。というか、リュカのこの容姿で人目につかないというのは、どう考えても無理がある気がする。
力になってあげたいけれど、どうしたものかと悩んでいると、リュカが上目遣いで私を見つめてきた。
「あの、ソフィさん」
「どうしたの?」
「……もしご迷惑でなければ、ここでソフィさんの薬師のお仕事を手伝わせていただけませんか? 俺、一生懸命働きます」
「えっ、ここで?」
「はい、ここは森の中で人目につきにくいですし、ソフィさんも一人では大変なこともあると思います。俺、料理でもなんでもやりますから、どうかよろしくお願いします……!」
必死に頭を下げて縋ってくるリュカを見ていると、とても断る気持ちにはなれなかった。
たしかに、一人暮らしは気楽な反面、面倒だったり人手が欲しいと思うこともあって、家事やら仕事やらを手伝ってもらえたらありがたい。
幸い、この辺は薬師が少ないおかげで結構儲けさせてもらっているので金銭面での心配はないし、部屋も物置を片付ければなんとかなる。この際、私が引き取るというのもいいかもしれない。
「……本当に、何でもやってくれる?」
「は、はい! ここに置いてもらえるなら、何でもやります」
「じゃあ、明日からいろいろ手伝ってもらおうかな」
「明日から……って、俺、このままお世話になってもいいんですか……?」
「うん。明日からよろしくね、リュカ」
「ありがとうございます……!」
あからさまに安堵の表情を浮かべるリュカを見て、私は胸がきゅっと痛んだ。
こんなに健気な男の子が、一体どんな理不尽な目に遭ったというのだろう。いつか本人自ら吐き出せる日が来るまで、ここがこの子にとって安心できる場所となるようにしよう。
そう決心し、何度もお礼を繰り返すリュカに、私は笑顔を返すのだった。
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