23. 一方通行の愛

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23. 一方通行の愛

 眠っていた私は、がたがたと体を揺らす振動で目を覚ました。なぜか硬い床の上に転がっている。体を起こそうとしたところで、手足が縛られて動けないことに気がついた。 「──ここは、馬車の荷台……? 私は一体……」  そう呟いたところで、背後から艶っぽい女性の声が聞こえた。 「あら、もう目が覚めてしまったのね」  声のする方へなんとか寝返りをうって顔を向けると、目の前にいたのは……見知らぬ中年女性だった。 「貴女、わたくしのことをご存知ない?」 「……はい」 「まあ、それもそうね。お会いしたことないもの」  何がおかしいのか、女性が高らかに笑う。 「貴女に分かりやすいように言うと……わたくしは、リュカ・アルベールの義理の母よ」 「リュカの……お義母様……」 「ええ、あの忌々しいリュカの義母、ジャンヌ・アルベールよ」 「なぜ、こんなところに……。今日はリュカとジュリアンさんと会う約束があったのでは……? というか、私に薬を嗅がせてこんなことをしたのは、あなたなんですか?」  私が混乱した頭で尋ねると、ジャンヌ様はにこりと笑みを浮かべた。 「今日はね、リュカに思い知らせてやろうと思って。そのためには、あの子が大切にしている貴女が必要だから、邪魔なリュカとジュリアンには屋敷から出て行ってもらったの。こうやって無事に貴女を攫うことができて、きっと天の配剤だわ。やっぱりリュカはあの家を継ぐべきではないのよ」  ジャンヌ様がうっそりと笑う。 「……どういうことですか? 何を考えているんです?」 「旦那様は隠していたみたいだけれど、わたくしは知っているの。リュカの母親はね、貴族なんかではなくて、親もいない平民の娘だったのよ。そんな女の息子が後を継ぐだなんて、いくら魔力が高いからと言って、ありえないわ。せっかく家からいなくなって、ジュリアンが後継となるところだったのに、また邪魔しに帰ってくるなんて本当に憎たらしい子。だから、今度こそわたくしとジュリアンの邪魔ができないよう葬ってあげるの」 「葬る……?」 「ええ、ほら、到着したわ。貴女とリュカの墓場となる場所よ」  ジャンヌ様がそう言うと、馬車がゆっくりと停車した。 「さあ、いらっしゃい」  馬車から下りたジャンヌ様の手が光り、私の体がふわりと浮く。浮遊の魔法だ。  私は抵抗することもできないまま、ジャンヌ様に連れられて、冷たい風が吹きつける崖地の奥へと連れられていく。 「……こんな場所に連れてきて、一体何をするつもりなんですか?」  さっき、ここが私とリュカの墓場だと言っていた。私ならここから突き落とされてしまえば確実に命を失うだろうが、転移の魔法まで使えるリュカがそんなことで死ぬとは思えない。  ジャンヌ様が何を考えているのか、まったく分からなかった。 「貴女、魔物にはお詳しい?」 「いえ、そんなには……。コカトリスの恐ろしさならよく知ってますけど」 「あら、そう。なら、コカトリスよりもずっと上位のホワイトドラゴンの餌になってもらうと言ったら、怖くて震えてしまうかしら」 「ホワイトドラゴン……?」  ホワイトドラゴンと言ったら、幼い子供だって存在を知っている。全生物の中で最強の強さを誇る、魔物の最上位種だ。 「ここはホワイトドラゴンの生息地なのよ。最近はドラゴンの気が立っているようでね、自分の巣穴に人間が入り込んでいるのを見つけたら、きっと怒り狂って攻撃してくるでしょうね。さすがのリュカもホワイトドラゴンには敵わないでしょうよ」  ジャンヌ様が楽しくて堪らないといった表情で笑う。 「……つまり、私を巣穴に落として、助けにきたリュカもろともホワイトドラゴンに始末させる、ということですか」 「あら、お利口さんね。そのとおりよ」 「そんな都合よくいくわけありません」 「大丈夫よ。それに、もしリュカが来なくても、貴女が死んでしまえば自暴自棄になって、後継のことなんてどうでもよくなるはずだわ。だから最悪、貴女さえいなくなってくれればいいの。……さあ、巣穴に着いたわ。あとは貴女を巣穴にひとり残すだけ」  ジャンヌ様の無情な言葉に、私は冷や汗が流れるのを感じた。ジャンヌ様は本気だ。でも、私だってやすやすと殺されるわけにはいかない。リュカがきっと助けにきてくれるはず。それまで、少しでも時間を稼がなくては。 「……あなたがこんなことをしてるなんて知ったら、ジュリアンさんが悲しみます」 「ご心配ありがとう。でもジュリアンのためなのだから、あの子も理解してくれるはずよ」  つい最近、ジュリアンからも似たような言葉を聞いた気がする。意味するところはまったく違うけれど。 「あ、あなたの旦那様だって、きっとこんなことをさせたくないはずです……!」 「……あの方がそんなこと、思うはずないわ」  旦那様の話題を出した途端、今まで悠然としていたジャンヌ様の声がわずかに震えた。  私はすかさず言葉を続ける。 「そんなことありません! きっと悲しまれるはずです」 「……黙りなさい。貴女は何も知らないくせに……! あの方はわたくしのことなど、どうでもいいの! あの方の心には、レーゼしかいないのだから」 「レーゼ……?」  きっと旦那様を悲しませたくはないと考え直してくれるはずと思っていた私の予想とは逆に、ジャンヌ様は声を荒らげて激昂した。 「レーゼが死んだ後も、旦那様はあの女のことばかり想い続けているのよ。わたくしがいくら旦那様を愛していても、あの方はわたくしを愛してはくださらない……。旦那様の愛が得られないのなら、せめて我が子を後継者にさせたいと願って何が悪いの!? それなのにあの方はレーゼとの間に生まれたリュカを優先してばかり……。レーゼもリュカも本当に憎い……!」  憎悪のこもった目が、突き刺すように私を睨みつける。 「お前も絶望を味わうといいわ。さようなら」  その瞬間、体がさらに高く浮き上がったかと思うと、青白く光る崖の底へと落とされたのだった。
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