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第一話 違う時代たち
「もう嫌!!こんな家!」
しまった、強すぎた…
と、思った瞬間、莉子が普段『悪趣味』と形容し嘲笑している、数年前に母親がオーダーメイドした、ロイヤル調の立派な装飾が施された重い玄関扉が莉子が今までに聞いたこともないような騒音をたて、静かな夜の住宅街に響き渡らせた。
だからゆっくり開閉しろって言ってたのね…と莉子は衝撃で落っこちた装飾の一部と思われる金属片を見つめながら若干の後悔をしつつ、急いで同じくロイヤル調のデザインに合わせたレンガ造りの階段を降り始めた。
「やばいよ今の音、絶対お隣の大山のおじさんに聞こえたじゃん…」
莉子の家のお隣、築・70年は有に経っているであろう木造建築の家に大山さんは、数年前に妻を亡くし、それ以来頑なに息子さん夫婦の同居の誘いを断り続け、今も一人で住んでいる頑固者な60代程の初老の男性だ。
「そりゃあ、交通事故で奥さんが死んじゃったのはちょっと可愛そうだけどさ…。」
大山さんはよく、莉子のような若い学生を見かけては
「全く、もっとしゃんとせい!最近の奴らは生きてるのか死んでるのか、よぉ分からんやつばっかりだな!俺が若かった頃はもっと皆、活気があったぞ。全く…。」
等と影でブツブツ言っている人だった。
あくまでも直接言っているのか独り言なのか、よく分からない絶妙な声の大きさで話すのが、莉子は卑怯だと思った。それに元々、大山さんと年齢が近い両親を見てきていた莉子は、若い頃にバブル期を謳歌した様な、オジサン・オバサンが大嫌いだった。
「時代が違うんだから、それに合わせて人も変わるなんてあったりまえじゃん。
たまたま自分たちが、今より好景気の時代に生まれてきたからって調子づいてんじゃねーよ。」
と数ヶ月前、何時ものように彼の発言が耳に入ってきた時、学校帰りにむしゃくしゃていてた莉子は、わざと大山さんに聞こえるような大声で悪態づいた。
大山さんはその莉子の悪態に一瞬、驚きの表情を見せたが、すぐに
「ああ嫌だ、最近の子供と来たら。インターネットでの暴言やらをそのまま現実にも持ってきやがって。現実との区別がつかんのか。」
等とぶつくさ言いながらもすごすごと家へと引っ込んでしまった。
しかし、それ以来大山さんは度々、莉子を見かけると大声で直接、話しかけてくるようになった。
「西村さんとこの娘っ子だな?見たぞこの前。歩きスマホしてたろ、あんた。」
「おいそこの、西村さんとこの娘っ子。挨拶くらいせんかい!」
「まったく、女の癖にまーた夜遊びかい。なーに考えてんだか。」
中年と晩年の間にいるような、初老の男性から発せられる年寄り臭く、それでいて乱暴な言葉遣いは莉子の心をちくちくさせた。
「とっとと見つかってまた何かアレコレ言われる前にトンズラしよっとっ」
そう小さく呟いた莉子は、無意識に自分の口から飛び出てしまった、小さい頃に両親の口調から写ってしまった死語に苛立ちながら小さく舌打ちした。
「どーしたもんかなぁ。」
ファースト店のプラスチック製のテーブルに顎を置き、先程食べ終わったフィッシュバーガーの包み紙が視界に入るのを眺めながら、莉子は小さく呟いた。
今日は三連休の初日ということもあり、先程数少ない幼馴染の友人二人に泊めてほしいと連絡はしたものの、やはり二人共、家に上げることはできないという。
お互いの両親と面識もあり、家族揃って、快く家に上がらせてくれる幼馴染、という心強い頼みの綱二本も今は使えない。莉子は頭をぐるぐる回転させてみる。
やっぱホテルに泊る?
いや、私は17にもまだなってない。すぐに大人にバレて家に返される。耀司兄ちゃんは家族旅行とか言ってたし、お姉ちゃん'sは真理子お姉ちゃんは育児、律子お姉ちゃんはこの前会ったとき、課題レポートの締切に追われてるとか言ってたし…。二人とも大変だったはず。そうなったら両親のどちらかが、私を迎えに行かなくちゃいけなくなる。
喧嘩したとはいえ、あまり健康とはいえない両親にそこまでされると、後から罪悪感がヤバいだろうし、第一私はまだ帰りたくない。
「あーもー、もっと心置きなく家出させろよなぁ〜。」
突発的な感情で家を出てしまったことを少し後悔しつつ、莉子は少しこの場で寝てしまおうと考えた。
起きたあと体は痛いだろうが、一度睡眠を取ったあとなら、多少は苛立ちも収まるところに収まってくれるだろう。
「おやすみ〜」
と莉子は小さく呟き、まだわいわいと他のお客の声が薄っすらと聞こえるファーストフード店のテーブルにゆっくりと顔を沈めた。
「……きょー、タカシん家でさぁ…」
「ね~ホラ、早くいこぉ」
「やっぱ、ドトールのほーが良かったァ?」
「ね、さっきディスコで流れてた……」
「ヤッパシ、かーいーよね、菊池桃子……」
「明日ゴルフじゃーん、いいのぉ?デブるよぉ?……」
「きのーはカニだったしたまには…ね」
「あーいーな、それティファニー?」
「ヒューヒュー ナッちゃんやルゥ」
「そーそー、……やっぱClashが…」
「このあとヨーコたちとシック行くんだー」
「きのーのとんねるずのヤツ、見たぁ?」
「だから………サザンの曲はなんといっても」
「ハハハ……」
「……フフフ………」
……、?ディスコなんて死語、誰だよ話してんの…
クラッシュねぇ……お母さん、あんま好きじゃないやつだっけ……
サザンってあれだっけ、みすぶらーんにゅーーでーみたいな……
ぼんやりする頭で莉子がそんなことを考えていたとき
「ね、ホラ寝てる……。」
「おーい、おじょーさぁん、起きてくださーぃ。」
「うわー無防備ィ。お嬢さまなのかな?」
誰?おじょーさん?キモ。
そんなことを思いながら頭を上げた莉子の目の前には…
写真でしか見たことが無いような、ピチピチのボディコン、
厚さ5ミリはあると思われる厚化粧、
威嚇するような肩パット、
トサカのようなワンレングス、
染められていない真っ黒な、それでいてポマードくさい髪、
見るからに仕立ての良さそうなスーツにキラッと光る腕時計…
シャネル、フェラガモ、ヴィトン、ジュンコシマダ、エリザベス・アーデン、ティファニー、フェンディ、ラルフローレン、ピンクハウス、エルメス、ディオール、カネコイサオ、ヨウジヤマモト、コムデギャルソン、ヒステリックグラマー、ブルガリ、コムサデモード、ロペ、ビギ、……
なんか、お母さんの部屋のクローゼットで見たようなものばっかし……
「どこだあ? ここぉ?」
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