第十話 夢を話そう

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第十話 夢を話そう

 「お~、おかえり、遅かったじゃん。」  そう言いながら莉子を出迎えた透子さんは、莉子の手にあるレコードの山が入った袋を見てぎょっとした。  「何この量!康二にどんだけ買わされたの!?」  そう言って呆れた顔をする透子さんに莉子も少し申し訳無さそうに、おどおどと話し始める。  「あー、いえその、私は5枚くらいでいいって言ったんですけど…。康二さんがお気に入りのレコード屋を支援?するためなのか、もっと買えって…。」     そう半ば、言い訳のように話す莉子に苦笑いしながらも透子さんは、  「あー、ってことはあそこか…。ま、あのレコ屋は何だかんだで康二の奴、グレた後もずっと通ってた唯一の場所だからね…。」  と静かに呟くと、あんたも大変だったね、と言いながら莉子の方に向き直り、  「もうご飯、準備出来てるよ。」  と優しく呟いた。  その透子さんの言葉に莉子は慌てて我に返る。  「あ!ごめんなさい…。家事手伝いは私の役目だったのに……。」  そう焦る莉子に透子さんは何でもないと言うように、  「な~に、遊びに行く日まで家の事やれなんて言わないよ。それにどうせ、ご飯とは言っても全部デパ地下のやつだかんね。」  と、少しきまり悪そうにぶっきらぼうに言いながら、  「ほら、早く手ぇ洗った、洗った。  康二と何してたのか聞きたいんだからっ。」  と、莉子を洗面所へと追いやった。  「あらま、あいつそんなことまでカミングアウトしたんだ。」  先程まで康二さんと話したことを莉子がおっかなびっくり話し終えると、透子さんは少し驚いた顔をしながらも、やはり、過去を話していた時の康二さんと同じ様な、何処かほっとしたような表情を見せた。  「なんかあいつが、そこまでプライベートのこと他人に話すなんて珍しー、って思ったけど、なんかアンタにだったら…、話しやすそうだもんね。」  そう透子さんに言われて、莉子は少し嬉しい様な、異色扱いされそうな不安が降り混ざった様な、複雑な気持ちになる。そんな莉子の心境とは裏腹に、透子さんは少し莉子の顔を眺めた後、  「なんか…、アンタって不思議な子だよね。  まるで…。違う世界から一人、飛び出してきた…みたいな……。」  なーんて、そんな漫画みたいなコト…、と言って、軽く笑う透子さんに、莉子は必死に体中から流れる冷や汗で体が冷えていくのを感じながら、ひきつる笑顔で    「あはは…」  と答えるのが精一杯だった。  なんとなく居心地の悪さを感じながらの食事が終わり、莉子が空になったトレーをごみ袋に詰めている時、そんな様子を見ながら透子さんはふと、テーブルを拭いていた布巾を動かすのを止め、しばらくじっと、莉子を見つめた後、ぼそりと  「あんた、今、悩んでる?」  と、少し言葉を詰まらせ、小っ恥ずかしそうに呟いた。  その透子さんの言葉の、真意を読み取ろうとする莉子を察してか透子さんは急に我に返った様に、  「いや…、ごめん。やっぱりなんでもない、ゴミの片付けしてていいから。」  と、少しまた恥ずかしそうに顔を俯けた。  そんな透子さんの、ちょっとした不可思議な言動を除けば普通に楽しかった一日が終わろうとしていた夜中、何時もの様に莉子が、隣同士に並べられた布団の中に莉子が潜り込んだ際、また透子さんは先程の様な歯切れの悪そうな口調でぼそぼそと莉子に話しかけてきた。  「寝言だと思って聞いてくれていいんだけどさァ…。  あんた最初に会った時、なんか…、親と色々あったとか言ってたじゃん…。だから……多分だけど…。アタシも康二も…、アンタがアタシ達みたいに道、踏み外すんじゃないかって思ってるとこ、あんのかも…。だから…、こうやって色々自分達のこと…、話しちゃうのかね。」  良かった…、透子さん、タイムスリップ(こういう発想 )には行ってないみたい…。  そう少しほっとしながら、莉子も透子さんに合わせて小さくぼそぼそと返事する。  「それはないですよ〜、私、そうやってグレたりするなんて度胸もないし…。それに…、」  今時、そんな分かりやすいグレ方なんてする子、いないし…  と、心の中で付け足す。  すると、そんな莉子の心の中を見透かした様に透子さんは慌てて、  「ああ、そうだった、あんたの周りにはそもそもそんな奴、居ないんだっけね。やっぱり何でもない、忘れて。」  と思い出したように自身の考えを否定する。  何となく、そんな透子さんの様子を不思議に思いながら莉子は透子さんの意図を探ろうと頭を回転させてみる。  そんな莉子の様子を察したのか、透子さんは急に早口で、少し歯切れが悪そうに話し始める。  「あ、あんたなら…その、馬鹿にしなさそうだから話すけど…、その、アタシ…、今……    『教師』、目指してんだ。」  透子さんの口から出た『教師』という単語に一瞬、莉子はビクッとしてしまう。  透子さんは慌てながらも少し熱のこもったような声で続けて話し始める。  「アタシがさ、その…、グレてた時、殆どの教師は、もうアタシ達のこと、見捨ててたんだけど…。そん中でも、うちのクラスの担任だったオバさんの先生は…見捨てないで話、聞いてくれてさ…。  その…アタシが不良グループに居た時も、『どうしても女の子は色々とそういう所(・・・・・)に居るリスクが大きいから』って…。母親みたいに心配してくれてさ…。その…、言い難かっただろうけど…、昔先生がアタシくらいの歳の時、同じ様な所に居て…、性的に嫌な思いしたこととかも話して、『同じ様な思いをして欲しくない…』って心配くれて…。  アタシ、親が離婚してて母親とはあんまり会えなかったから…。ほんとに母親みたいだなって思って…。  クラスが変わった後も、中学卒業した後も変わらずに相談とかに乗ってくれて…。  アタシもこういう人になりたいなって…。  それでolやんながら、教員免許取る勉強してて…。アタシ、学生時代、ちゃんと勉強してなかったから…。自業自得だけど…。  それもあるから…、しばらくはアンタに家事手伝いしてもらえると有難い…。」  そう恥ずかしがりながらも、芯の強さを感じるような声で話す透子さんの夢を、何処か羨ましい様な、不思議な気持ちで聞いていた莉子は、ふとぼんやりと、自身の生きている『現在』の学校を思い浮かべていた。  莉子は中学校での嫌な出来事や、あまり仲の良い友達が作れなかったことからも、高校に合格し入学して間もなく、すぐに不登校気味になった。  元々、莉子が今回、家出してきたのもそれが根本的な原因だった。  中途半端にウエットで、すぐに自分達を頼ってと言う癖に、いざ頼っても中学の教師達も、高校の教師達も、何も莉子の役に立つことは無かった。  それどころか中学三年の時の担任は、莉子の高校の願書等の重要な書類を無くしたり、やっと書き直した願書も机に置きっぱなしにして、そのせいで莉子の志望していた高校が、あの時、莉子が貧血を起こした時に馬鹿にしてきたクラスメイトの意地悪な男子達に見られて知られてしまった。  最悪っ…。  過去の莉子の記憶には思い出す度に不愉快になる記憶しかない。  高校の教師達も、担任は新卒のまだ新米教師で良く言えばおっとり、悪く言えば頼りない男性教師だった。  そのため、すぐにその担任を小馬鹿にする風潮がクラス内で蔓延した。莉子は、その空気が大っ嫌いだった。  別にあの先生のことは、好きでも嫌いでもなかったけど…。あーゆーのは見ていて気分が悪い……。  そんな事を思い出しながら、莉子は  私がもし、この時代の人だったら…。  と、考えてみる。  やっぱり、透子さん達みたいにちょっとグレたりとかして…。でも、この時代にグレた方が『今の時代』にグレるよりも楽しそう…かも…。  ふと、そんな事を考えて、莉子は今日、康二さんに会った時の言葉と、康二さんの腕を思い出し、慌ててそんな考えを否定するように頭を大きく振ってみる。  そんな莉子の様子を透子さんは少し不思議そうに眺めているのを見て、莉子は慌てて、透子さんの話に頭を戻す。  「ば、馬鹿にしたりなんてしませんよっ。人の夢をっ。夢があるの、羨ましいですもんっ。家事手伝いくらい、いくらでもやりますよっ。」     そう少し、顔が熱くなるのを感じながら必死に返答する。 その莉子の返答に、透子さんは不安そうに質問する。  「じゃあ何、アンタは夢とか…、無いの?」    そう透子さんに聞かれて、莉子は少し恥ずかしそうに答える。  「は、はい…。趣味とかは…色々…、スケボーとか…絵、描くのも好きだし、音楽聴くのも好きだけど…。それが夢に繋がったりとかは…まだ…。」  その莉子の返答に透子さんは少しホッとした様な顔で、    「ああ、そんなに趣味あるなら、あんたは大丈夫だよ。アタシもアンタくらいの頃は、夢も無かったし、趣味もこれと言って無かったからさ…、それもあってあーゆー事(・・・・・)ばっかしてたんだろーし…。」  と返し、  「じゃ、おやすみ〜。」  と、少し気の抜けた様な声でそれだけ言うと、布団に潜り込んで寝息を立て始めた。  莉子もそれに続き、透子さんの『大丈夫』という言葉を頭で反芻しながら、  「おやすみなさいっ」  と返した。  透子さんみたいな…先生がいたら…少しは私も学校に…行けたりしたのかな…。  そんなことを考えている内に、莉子も気が付けば、寝息を立てていた。
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