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第三話 告白大会
「ちょっとぉー??なーにトリップしちゃってんのー。」
呆然としながらも、夢でも空想でもない、この突拍子もない現実を必死に頭と心で受け入れようとフリーズしかけている莉子を、透子さんは少し心配そうに眺めている。
「とにかくさぁ、元に戻ってよ。アタシあんたと色々話してみたいんだからさぁ。」
その透子さんの言葉でやっと莉子は思考することを一度諦め、放棄する。
そうだ、まずは一人で何考えるより、誰かと話して精神を安定させなくちゃ…ひとまず今の時代だとか、そんなのは抜きにして…
莉子は慌てて平静を装いながら、透子さん顔の方へ視線を向け直す。
「あ、ごめんなさい。私、なんか寝ぼけてるみたいです。」
そうそう、これはよく出来た夢なのかもしれないしね、
そうやって引き攣りながら笑顔を見せる莉子を、透子さんは少し怪訝そうにしながら、大丈夫なの?と言いたげに心配を顔に滲ませた。
「ま、いいや。あんたくらいの歳だと色々あるもんだしね。」
透子さんはそう言って莉子を少し一瞥したあと、じゃあ聞くけど…と話を続けようとする。
その時莉子はその様子が何となく、警察にこれから尋問される犯人の様でドキドキした。そこで咄嗟に、
「あ、あの、すみません。その、質問は構わないんですが、お互いに質問し合うみたいにしません?なんか一方的に質問されると恐縮しちゃって…。」
そうおどおどと、しかしきっぱりと自分の意志を言い切る莉子の様子に、透子さんはニッと笑って返した。
「いーよ、私もフェアじゃないのは嫌だからね。」
「じゃあまずはアタシからね。あんたはあの時間、なんであんな場所、繁華街の近くのファーストフード店で机に突っ伏してバクスイこいてたのか。危ないじゃん。あんなとこに女の子一人じゃ。
オヤ?ガッコ?」
「親です。親と喧嘩しました。今はもうそんなに怒ってないけど…。」
「フーン、そっか。何、悪いことでもした?」
「全然。今の時代……、じゃなくて、私の周りにはそーゆー『わかりやすく悪いこと』をする子なんていませんよ。親と揉めた理由は価値観のぶつかり合いです。別にどっちが悪いとか、そんなんじゃありません。」
透子さんはどうやら、その莉子の「『わかりやすく悪いこと』をする子がいない」、という言葉に食いついたようだった。
「へー、でもあんたのその口ぶりからだと、所謂『いい子ちゃん』みたいな子もあんまりいないみたいだね。」
「そうですね、みんな同じくらいに優しくて同じくらいにずる賢いんです。わかりやすく白い子も黒い子もいないの。みーーんな同じくらいのグレー。」
それは莉子は現代の同世代に対していつも思っていることだった。
昔の学校によく居たぞと両親に聞かされていたような、『ガリ勉』だとか『不良』とか、『マドンナ』とか『よくいじめられてる子』とか『めっちゃおっかない先生』とか、そういう強烈な特徴を持ってる人なんて誰ひとりいなくて…。
むしろそうやって、人のことをストレートに表現することはすぐに『いじめ』になるからと…。その代わりに時々、薄ぼんやりと見え隠れする個性を『キャラ』という言葉で表現していて…
と、莉子は学校の中を思い出してみる。莉子は、学校のそんな様子が安全第一と言わんばかりに保身に走っているわざとらしいし、つまらないものだと感じていた。
そりゃ、いじめはだめだけどさぁ…。
そうやって自分の中にある例えや考えから、見え隠れする残酷さを莉子は頭の中で、否定する。
なかなかいい例えじゃん、と透子さんはニヤニヤしながら莉子の話に耳を傾けている。
少し照れながらも今度は私が、と莉子も質問を返す。
「じ、じゃあ、次は私が質問しますっ。さっき一緒にいた裕美さんと康二さんの関係性を言えるとこまででいいので教えてください。」
えー、あの二人のことかぁー…、と透子さんは少し考えたあと、
ま、いーか、あんたもけっこー面白いこと言ってくれたし、と言って話し始めた。
「あのねー、ウチと裕美ってちゅーがくの頃くらいからこーこーまで、ちょっと荒んでたのよ。所謂『不良』とか、『ろくでなし』みたいに言われてる奴ら。元々はね、アタシがそーゆーとこに出入りし始めたの。友達にそーゆーとこと繋がりのあるやついたから。
そしたらさぁ、裕美も『アタシも面白そーだから入りたい』とか言い出して…。」
莉子はびっくりした。昔、母親の部屋で見つけ、こっそり読んだ漫画の中でくらいしか、そんな人達のことは知らない。
じゃ、じゃあ、色々なことしたんだ…と、莉子は漫画のワンシーンを思い出しながら、チラチラと透子さんのことを眺めた。
規則オーバーなくらいにスピード出したりしてバイクに乗ってたのかな…、
やっぱり人が死んじゃうとことか、血とかそういうのも見てきたのかな…。やっぱりすごい迫力なんだろーな、そーゆーのって。
莉子は自分でも透子さんに対しての視線の向け方が変わっていることに気が付いた。
「でさ、そんときはウチら、康二のことは殆ど知らなかった。でも、グループ内でよく話題には上がってたよ。だってあいつ、ちっちゃいとこだけどリーダー、所謂番、張ってたからね。」
「えっ、あの康二さんが?」
莉子は記憶に新しい、先程見かけた康二さんの姿を思い出してみる。おっとりとしていて上品で…。
そんな彼の姿が熱苦しい、泥臭い…そんなイメージを勝手に持っていた『暴走族グループの番』というものとは到底結びつかない。
「まァ、そういう反応になるよね、でも……。」
そう言って少し言い淀んだ透子さんは少しだけ苦しそうに、
「ウチもアイツも……。
……本気で苦しんでた。」
と続けた。
「まァ、うちらの話はこれくらいでカンベン。最近は特に、そーゆー感じの心が荒むようなニュースとか多いじゃん?」
ヤッパしそーゆーのは健全な青少年には悪影響だからね、と透子さんは少し皮肉めいたような表情でニッと笑い、莉子を見つめた。
「最近……何がありましたっけ?」
「ほら色々あったでしょ、事故とか事件とか…。芸能人の自殺なんかもあったしね……。」
そう言いながら透子さんは少し笑顔を曇らせ、ごめん、吸っていい?と断ると、莉子の目の前でタバコを吸い始めた。
莉子は先程の不良だったという過去を話し終えた時の彼女の表情と、暗いニュースの話題を口に出した途端、タバコを吸い始めた彼女の姿にこの時代の薄っすらと立ち込める闇を感じた。
お気楽で楽しそう、とにかく明るくハッピー……、そんなイメージの皮を被った不気味なモンスターのような……。
そんなことを考えていた莉子はふと、昔家族総出で出かけた遊園地に居たピエロを思い出した。
だまし絵のように明るい表情と不気味な表情を併せ持つ…。なんだかこの時代とその姿はリンクしているようで……。
莉子は急にこの時代に見を置いていることへの不安を少しだけ感じた。
そんな不安をすぐにでも掻き消したくて莉子は、あまり美味しくなさそうにタバコを吸っている透子さんに向かって、
「すみません、今の時間帯って音楽番組ってありますか?見たいんですっ。」
と、声をかけた……。
「おー、やってるやってる。」
そう言いながら透子さんは吸い終わったタバコの吸い殻を灰皿に擦りつけた。
番組は今回の出演ゲストである松田聖子を写している。
部屋に彼女の歌う『マラケッシュ』が響き渡る中、透子さんがぼそりと呟く。
「何?やっぱ最近の子は、サザンとか聞くの?あとはユーミンとか…。あとはBOØWYとかかい?アタシ洋楽とかは、あんましだけど…」
真逆、尾崎きぃてんじゃないでしょーね、等と話しかけてくる透子さんに莉子も明るく返す。
莉子はバブル世代の大人は苦手だったが、当時生まれたとされる作品たちには、両親が莉子がまだ小さい頃から、毎日英才教育の様にそれらに触れさせていたからなのか、不思議と抵抗がなかった。
むしろ学校でを嫌なことがあって、莉子が苛立っている時も、泣きそうになっている時も、いつも作品たちは少し寂しさの混じった明るさで莉子のこころを慰めてくれた。
「そうてすね〜、あたし結構マイナーな人のほうが好きなんですけど…、やっぱりそうなると洋楽とかになるのかな…? Bowieとか、Pistolsあたりの少し前の王道も大好きだし、あとはDead or Aliveとか、Strawberry Switchbladeっていうバンドとかも良いんですよっ。結構個性が強い感じなんですけど…」
と、莉子は大好きな洋楽に対しての話題に気がつけば熱くなって、早口で話している自分に気がついた。
やだ、なんかこれじゃ、クラスにいる嫌なタイプのオタクの子みたい…。
そう思い、すみません熱くなって…と莉子が謝ると
「なぁーに謝っちゃってんの?別にいいよ。」
と透子さんは気にも止めず、そう返すと
「いいよね〜こーゆー番組って。見てるだけで明るい気分になれる。」
と呟いた。
そうですよね、と莉子もなんだか彼女の言葉に不思議と嬉しくなって弾んだ声で返事する。
「ところでさっきさ、アンタ洋楽の話ばっかり話してたけど、例えばマイナーな邦楽歌手って言ったら誰よ?」
えっどうしよう…、当時の邦楽歌手でマイナーな人ってあんまり知らないしなぁ…なんて莉子は考えながらぱっと思い出したように
「戸川純とかですかね?」
と答えた。
透子さんが苦笑いするのが横目で見えた。
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