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第七話 思い出
「そんなに洋楽好きならさぁ、今度はレコード見に行こうよ。」
マスターから出されたコーヒーとティラミスを楽しんでいた莉子に、康二さんは優しい笑みを溢しながら話しかける。
「あ~、何〜康二、莉子ちゃんナンパしてる〜。いーのぉ?彼女いんのに。」
浮気現場はっけーん、と茶化し始める裕美さんの言葉に莉子は、びっくりした。
「えっ!康二さんの彼女って、裕美さんじゃないんですか?」
そう、目を丸くしながら尋ねる莉子に康二さんは落ち着いて答える。
「うん、そうだよ。ちなみに透子でもないよ。彼女。
俺達はあくまでも異性の友達っ。でも……、
むしろ恋人以上に付き合いは深いかもね。」
そう康二さんは言うと、なっと、少しいたずらっ子ぽいような笑みで裕美さんの方を見つめた。
「やっだぁー、な~に恥ずかしいこと言っちゃってんのぉ〜。やめてよぉ〜。あくまでもアタシ達は学生の頃のふりょー仲間でしょっ。
そーゆーエッチな響きのあるいーかたしないのッ。」
そう言いながらも、裕美さんは少しだけ嬉しそうに康二さんの言葉に返事をする。
「いーじゃん、裕美こういう『友情』みたいなセリフ好きだろ?
中学の頃からお前、そういうベタな青春ドラマとか見てはボロ泣きしてたもんなぁ。」
康二さんはまた、少しいたずらっぽく、ニヤニヤと裕美さんをからかう。
莉子はそんな二人の様子に何処か、兄妹のようなほっこりとした雰囲気を感じた。
いいなぁ…。こういう気軽にふざけあえる、異性の友達みたいなの…。
莉子はそう思いながら、自身の中学や高校の頃に、思いを馳せた。
莉子は中学に上がり始めた頃から、急激に身長が伸び始めた。
小学校までは前から数えた方が早かった身長が、中学2年になる頃には後ろから2、3番目に並ぶくらいの身長になっていた。
そんなに急に身長が伸びてしまったものだから莉子はよく、家でも学校の中でも貧血を起こしてしまうことが増えていった。何度か病院でもらった薬で様子を見ていたが、薬が合わないためか度々、母の様にお腹をおかしくしてしまうことも増えていった。
だからこそ、母の様子を見ていた姉達が言っていた
「やっぱりさぁ、あーゆお腹周りの病気って自己肯定感下がるからねぇ。」
「そうそう、特にうちら女はあーゆーの許せなくなっちゃうもん。すごく自分が汚く見えちゃう。」
という言葉の意味も分かる気がした。
そんな調子で過ごしていた莉子にショックな出来事が起きてしまったのは、中2の終盤に差し掛かった頃、ちょうど、秋の合唱コンクールの練習中の時だった。
その日、生理が終わってまだ間もない頃だったこともあり、莉子は朝から頭がクラクラするような不快感を覚えていた。
しかし、もうこの様な貧血の症状はしょっちゅうだった莉子は特に気にもせず、学校に向かったのだ。
そんな中、パート全員で合わせて歌い始めた時、莉子は今までに感じたことのない、不快な浮遊感を感じた。
やがてその不快感はどんどん強くなり、気が付けば莉子は、目の前が真っ白になった。
あ、ほんとに貧血で倒れる時って目の前が真っ白になるんだなぁ…
と、何処か自分の体に対して他人事のように感じながら、莉子はその場に膝から崩れ落ちた。
ドサッ、という大きい音に、周りがぎょっとして莉子の方へ視線を向けたのがわかった。
そこから莉子は慌てる音楽の先生の指示により、急いで保健委員のクラスの女の子二人に連れられて、音楽室を後にした。
そうやってぼうっとしながらフラフラと歩く莉子の様子を顔を覗き込みながら
「大丈夫?」
と心配そうに聞いてくる女の子達の声に混じって、数名の男子の声が、莉子の耳に届いた。
「やーばっ、見た?めっちゃ顔しっろい。」
「な、あれやばくねぇ?」
「なんか、あれじゃね?えっと…、蝋人形!」
そんな男子の声に被せるように、音楽の先生の、なんてこと言うの!という声や、サイテー、お前ら一回死ねっ、等の女子達の罵声が飛ぶ。
莉子学校にその事への怒りを感じたのは、保健室で横になり、意識がしっかりとし始めたときだった。
こんな風に…、私だって…。透子さん達みたいな関係性を気づける…、友達が欲しかった…。
莉子は気が付けば自分の鼻がツンッと、し始めてきているのが分かった。
やばっ、今ここで泣いたらやばい奴だと思われる…。
そう思い、莉子は慌てて先程、裕美さんと楽しく踊っていたことを思い出す。
あんな奴らのことなんて、覚えてるだけ記憶の無駄無駄…。
そんな莉子の様子を知ってか知らずか、康二さんが莉子に話しかける。
「莉子ちゃん、結構マイナーなバンドとかも知ってるだって?
だったら、CDショップとか、レコード屋とかにもよく行くよね?」
そう康二さんに話しかけられ、急いで莉子は精一杯平静を装いながら、明るく答える。
「はいっ!基本音楽はなんでも好きですから!最近もレコード屋さんに行って来ましたよ〜。」
それは本当だった。莉子はタイムスリップする日の少し前に、昔から通っている、父親に教えてもらったレコード屋でお小遣いをやりくりしながらレコードを物色しに行くのが好きだった。
そうやってお店で購入した様々なアルバム、ジャケット買いした作品からも、沢山の名曲に出会ってきたことを莉子は思い出す。
80年代の頃のレコード屋さんって、どんな感じなんだろ…。行ってみたいかも…。
その莉子の返事を待ってました、と言わんばかりに康二さんは満面の笑みで答える。答える。
「じゃあ、決まりだね。明日は土曜だし透子の家まで、迎えに行くよ。」
「お~、可愛い可愛い。」
そう言って透子さんは、莉子を鏡の前に立たせる。
今日は莉子は、透子さんのお下がりだというスタジアムジャンパーに下は、レトロなチェックのスカートを合わせている。
「裕美だったらもう少し良いやつ、持ってんどろうけど…。生憎、私は洋服に何万も何十万も払いたくないからねっ。」
悪いけどこれで我慢して、という透子さんに莉子も慌てて返す。
「いえ全然、これはこれで可愛いですよっ。なんて言うんでしたっけ…、こーゆーの…。
あ、そうそう、オリーブ!オリーブ女子って感じで可愛いですよぉっ!」
そう言って嬉しそうにくるくると一回転する莉子に、透子さんも、はしゃぎすぎんじゃないよっ、と笑っている。
「しっかし、康二のヤツ、どうせだったらCDショップに連れて行けっって話だよね~。
もう殆ど、レコード売ってるとこなんてないのに…。どこに連れてく気なんだか…。」
そう話す透子さんを見て、莉子は、
そっか…。もうこの頃にはレコードって、主流じゃなくなったんだっけ…。
と、昔の父と母の会話を思い出す。そして、
「私はむしろ、レコード屋さんのほうがいいんで、大丈夫ですよ~。楽しみです!」
と、透子さんに返事をした。
康二さんは約束の10時半、ピッタリに車で迎えに来ると、透子さんの家のドアをノックした。
慌てて、莉子がアパートの窓から外を覗くと、そこには如何にも高級そうな、ピカピカとした車が停っていた。
「うわぁ…。高そうな車…。」
そう呟く莉子さんに透子さんは苦笑いしながら、
「国産車くらいで驚くんじゃないよっ。」
と返し、ノックされた扉を開けた。
「いやぁ~、高校生とデートなんて、何話せばいいか分かんないからさぁ〜」
と、康二さんは少しおちゃらけた口調で話しながら、席の前に設置されたラジカセにテープレコーダーを入れた。
しばらくウィーン…という音がした後、車内には明るいポップな音楽が流れ始めた。
その曲に慌てて莉子が、嬉しそうに反応する。
「あ、ユーミン!いいですね〜。」
そうにこにこしながら曲に合わせて一緒に歌う莉子の様子を嬉しそうに康二さんは眺める。
「いや~、莉子ちゃんはこういうのにちゃんと反応してくれるからいいのよ。
俺昔、会社の女の子達に無理矢理アッシーくんさせられたとき、気ィ聞かせて同じテープ流したのに、あいつら何も言わずいきなりバクスイし始めたんだぜっ。」
信じらんないよね~と康二さんは、苦笑いしながら、莉子にそう話す。
ありゃりゃ、と莉子も肩をすくめながら笑い返す。
「これくらい音楽にいい反応してくれんだもん。そりゃあ、レコード屋も好きだわなっ。楽しみにしてて。」
そう言ってくれる康二さんの言葉が嬉しくて、莉子も満面の笑みで
「はいっ!それまでこのテープで予行練習しておきますねっ。」
とおちゃらけながら返したのだった。
康二さんに連れて行かれたのはかなり大きく、内装もピカピカに行き届いている、普段、莉子が行くようなレコード屋とは全く雰囲気が違う、立派な店だった。
そっか、私の時代からしてみたら殆どレコードってアンティークみたいなものだけど、この時代的にはまだ一応、今のCD位の身近なツールだもんね…。今はもう、CDも主流じゃなくなったけど…
等と考えながら、雰囲気に圧倒されながらも莉子は、店内へと足を進める。
店の中はずらりと、壁に飾りかけられているレコードや、いっぱいにびっしりと並べられたレコード棚、そしてその近くに売られている、小さなカセットテープたち。
思わずその光景にわあっ、と声をあげる莉子に康二さんが嬉しそうに話しかける。
「いいだろ〜、ここ。都心のショップなだけあってすげー量、あるからな。
莉子ちゃんが欲しいって思うやつ、ゆっくり探せばいいよ。」
そういうと、康二さんは、
「じゃ、俺も探しに行くから、1時間後くらいにここで待ち合わせねっ」
と言いながら、さっさと目当てのレコード探しへと行ってしまった。
「よぉーし、私だって…。」
そう思った矢先、莉子は自身の持っているお金の事を思い出した。
あ…、私の持ってるお金って……。使えないじゃん……。
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