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第八話 片腕
もうこうなったら、仕方がないや…。
康二さんにはせっかく連れてきてもらっておいて悪いけど、見るだけにしとこ……。
そう思いながら莉子は改めて、レコード屋の店内を見て回ることにした。
わあ、よく古レコードとして売られてるようなタイトルばっかり…。しかもどれも、当たり前だけど品質いい……。新品だもんね。
そんなことを考えながら歩き回る莉子の目には次々と見覚えのあるジャケットに目が止まっていく。
あ!、これ、Billy Joel の『Glass Houses』!この中に入ってる『Sleeping With the Television On』、モロ80'sのポップな雰囲気で結構好きなんだよね…。
こっちのポップなジャケットのやつも知ってる!えっと、確か…Tom Tom Club…だっけ?そうそう、邦題が『おしゃべり魔女』なんだよね。可愛いの。
あ!こっちもジャケットも、可愛いから覚えてる!そうそう、Juicy Fruits!歌詞も、ジャケットと同じくらいポップで可愛いんだよね…。『JUICY á la MODE』か〜、欲しいなぁ…。
あ、こっちには中島みゆき!
こっちはThe Smiths…。
そんなことを心の中で、呟きながらレコードを物色していた莉子の目に、一枚のレコードが止まった。
これは…、
確かお父さんが持ってた気がする…。えっと確か、Eaglesのメンバーの一人で…。
「お、Glenn Freyの『No Fun Aloud』!」
さっすが莉子ちゃん、渋いとこいくね〜と、言いながらしゃがみこんでいた莉子の後ろで、康二さんの声がした。
慌てて莉子は起き上がり、答える。
「あ、いえ!これはもう、うちにあるやつで…。」
家のこと思い出してた…なんて言えないよね…。
そう答える莉子を見ながら、康二さんはにこにこと質問を投げかける。
「そっかそっか〜、で?どれ買うか決めたの?俺、もうこんなに持ってて腕千切れそ…。」
そう言いながら康二さんは自身の持ってきたレコード達をじゃーんと見せつける。そして、莉子の様子を一瞥しながら、あれ、まだ何も持ってないじゃーん、と少し不思議そうな顔をした。
そんな様子の康二さんに、莉子は申し訳無さそうに、
「あ、あの…すみません……。私、その…。お金……。持ってなくて。」
そうおっかなびっくり答える莉子の様子を、康二さんは不思議そうに眺め、急に笑い出した。
「やだな、俺が払うよ〜。元々そのつもりで連れて来たんだぜ?
家出中の高校生にそんな、払わせたりしないよ。もしかして、それで何も持ってなかったの?」
そう尋ねる康二さんに、莉子は少し恥ずかしくなりながらこくり、と頷く。
「莉子ちゃん、ほんとに現代の高校生?育ち良すぎない?裕美達にも、見習ってほしいくらいだよ〜。」
そうそう、私は『この時代の高校生』ではないんですよ。
そう笑いながら話す、康二さんに対して莉子は心の中で、こっそりと呟いた。
「ほらほら、そうと決まったらさっさと持って来る!」
そう冗談交じりに康二さんに急かされながら莉子は、慌てて先程、物色していたレコード達を掻き集める。しかしそれでも康二さんは、
「えー、これっぽっちじゃ全然買った気しないでしょ。レコードなんてもうすっかり安くなっちゃったんだからもっと買いなさいっ。
今のうちだけだぜ?レコード買えんの。」
と言ってくる。
「え、で、でもこれだけでも有に一万は超えそう…。」
「なーに言っちゃってんのっ。莉子ちゃん。一万超えるくらい、買い物に来てるんだから当たり前でしょ。もっと十万くらいはパーと使っちゃおうぜ?
ほんとはもっと、ほしーのあるんでしょ?」
そう飄々と話すコウジさんの様子に、莉子はまた少し、時代の風潮にびっくりさせられる。
フツー、高校生に一度の買い物で、何万も使わせるか?やっぱり、色々と凄い……。
そう思いながらも莉子は、
「そ、そんなに言うならほんとに色々買っちゃいますよ!?いいんですねっ?」
とムキになりながら康二さんの顔を覗き込む。
あったりまえじゃーん、と康二さんは莉子の様子を眺めながらニヤッと笑った。
よぉーし、そんなに言うなら…。
もう何円になったって知るもんか!!
莉子はそう思うと同時に、また、レコード売り場の方向へUターンする。
Paul Simonの『Hearts and Bones』、
The Cureの『Boys Don't Cry』、
Michael Jacksonの『Thriller』、『Bad』、
The Rolling Stonesの『Tattoo You』、
Madonnaの『Like a Virgin』、
Kissの『Dressed to Kill』、
Sex Pistolsの『Never Mind the Bollocks, Here's the Sex Pistols』、
The Damnedの『Damned, Damned, Damned』、
Olivia Newton-Johnの『Come On Over』、
原由子の『はらゆうこが語るひととき』、
戸川純の『玉姫様』、
David Bowieの『クリスチーネ・F
オリジナル・サウンドトラック』や、
『フラッシュ・ダンス』等のサントラも、沢山…
莉子はとにかく、知っているものは勿論、知らなくても少しでも見たことがあれば、次々とレコードを手に取っていく…。
帰ったら、レコードプレイヤーを貸してもらって、全部聴くんだ……。
こんな贅沢なことしちゃっていいのかな…。
現代だったらとてもこんなこと、出来ないもん…
そんなことを考えながらも、莉子は自然と頬が緩んでいくのが分かった。
莉子がようやく、手に抱えられるだけのレコードの山を抱えて戻ってくると、それを見た康二さんは
「おーおー、たくさん買ったなぁっ。それでこそ莉子ちゃんっ。」
と、嬉しそうに笑った。
莉子達が山のようにレコードを持ってくると、レコード屋の店長はびっくりしながらも嬉しそうに、
「いやぁ~、今はみーんなCDの方に行っちゃってるもんだからねぇ。ウチもいつやめようか迷ってるんだけど…。なにせコージが沢山買ってくれるからなぁ〜。」
と話しながら、レコード達を袋に詰めていく。
やめるタイミングがつかめないなぁ〜、と話す店長に康二さんは少し慌てて、
「いや、やめないでよっ。俺、ここ品揃えよくて好きなんだからさぁっ。」
と話しかける。
莉子はその普段、飄々としている康二さんの慌ててる顔が珍しく、少し驚いてしまった。
莉子達の買ったレコードの山は、大きな紙袋二つ分に収まった。
康二さんは一つの袋を右手で持ち上げると、
「悪いんだけどさ、こっちは莉子ちゃんが持ってくれない?ほんとは女の子にあんまり重いもの、持たせたくねーんだけどさっ。」
と、少しきまり悪そうに言った。
『女の子に…』というフレーズに時代を感じながら、莉子は
「全然、これくらいへーきですよっ。康二さんに沢山買ってもらったんですからっ。」
と慌てて返すと、勢いよく紙袋を抱えた。
「このあとさぁ、莉子ちゃん、暇?
いや、俺の彼女が莉子ちゃんに会いたいって言っててさぁっ。俺ら、浮気疑われてるみてぇよ?」
帰りの車の中で、康二さんは、ぼそっと莉子に尋ねた。
康二さんの彼女……って、昨日、話に出てきた人だよね?
どんな人なんだろう…、と気になった莉子は、二つ返事で答える。
「全然!いいですよ〜。」
「おーい、小春〜、帰ったぞぉっ。」
そう康二さんが玄関にレコードの袋をドサッと置くと、大きな声で"小春さん"を呼んだ。
はいはーい、という返事の後しばらくして、
「おまたせっ」
と、綺麗だが、少し幸薄そうな雰囲気の美人な女性が莉子達の前に現れた。
慌てて莉子が挨拶をする。
「あ、こ、こんにちわ。西村莉子ですっ。
その、康二さんに会いたがってる、って言われて…。」
そう話す莉子に、小春さんも綺麗な笑顔でニッコリと、
「はじめまして〜。久坂小春と言います〜。」
と挨拶した。
入って、入って〜と、小春さんが莉子を促す様子を見ながら康二さんが、少し苦笑いしながら、
「誰の家だと思ってんだ〜?小春っ。家賃払ってるの、俺だぞぉっ。」
と言った。
それに対して、
「い~でしょ、別に、ここは『私達の家』だもーんっ。」
と返す小春さんの声に、少し莉子はびっくりした。
知らなかった……。二人、同棲…。してるってことだよね…。
なんか、心なしか、今の時代の同性カップルより大人っぽい雰囲気だよなぁ…二人共…。
そんなことを考え、少しドキドキしながら、莉子は『康二さん達の家』に上がり込んだ。
「康二がさぁ、レコード好きな高校生捕まえて、デートしてくるっ、なーんて、裕美に聞いちゃったもんだからさぁ〜、どんな子なのか会いたくなっちゃって。」
そう話しながら、小春さんは可愛らしいキャラクターがプリントされたプラスチックカップにお茶を注ぐ。
莉子はその言葉に少し照れながら、
「なんか、スミマセンっ。」
と返事をする。
「全然っ。元はと言えばこの浮気者が悪いのよっ。」
そう笑いながら小春さんはニヤニヤと康二さんを眺めている。
それに康二さんも少し不貞腐れながら、
「いーだろ、少しくらいっ。透子も裕美も莉子ちゃんと仲良くしてるからさぁっ。俺だけ除け者にされたら悲しーだろぉっ。
それに…。今どき、CDじゃなくてレコードに食いつく若い子なんて珍しくてさぁっ。」
と言った。
それに小春さんも莉子を見ながら、
「へぇっ、莉子ちゃん。レコード好きなんだぁ。まあでも、確かに大きい分だけ迫力はあるもんねぇっ。ま、私は断然コンパクトなCD派だけどっ。」
と、少し珍しそうに返す。
「でも、もうすっかりレコードなんて見なくなっちゃったでしょ。どこで見つけてきたのよ〜?」
そう質問する小春さんに自慢げに、康二さんは答える。
「俺の普段から行ってる行きつけのとこっ。この前お前にも話したろ?
でも、もうそろそろあそこも閉めそうだからさぁ~。爆買いしてやったぜっ。な?莉子ちゃんっ。」
そう嬉しそうに話す康二さんに、莉子も慌てて頷く。
「あ~、それであーんなに、馬鹿みたいな量、買ってきたんだぁっ。」
そう少し呆れた様に話す小春さんに、
馬鹿とは何だぁっと、ニヤニヤしながら康二さんが返事をする。
「馬鹿でしょっ、あんた……。
自分が左腕、殆ど使えない体だってこと分かってんのぉっ?」
そう言って、少し怒った顔をした小春さんを見て、莉子は先程の康二さんの様子を思い出す。
そういえば、康二さん…。
最初に会ったときも左腕、ぷらぷらしてた…。
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