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第九話 代償
「こらぁっ、小春〜。お前が変なこと話すから、莉子ちゃん、びっくりしてんだろ〜。」
そう康二さんに言われて、慌てて小春さんは莉子の方へと顔を向け、ハッとした。
「あ、ごめんねっ、莉子ちゃん。気にしないで…。」
しかし、そう話す小春さんの顔色は少しばかり青白くなっていた。
たまらず莉子も慌てて、
「あ、いえ、全然。気にしないで下さいっ。私、聞かなかったことにしますので…。」
と、答える。そんな莉子と小春さんの様子を見ていた康二さんは特に気にもせず、飄々と。
「いーのいーの。別に君達が気を使うことじゃないんだから。」
と、言うと続けて、
「ただ俺が昔、ワルさやったときに腕、おかしくしたってだけの話なのよ。」
と言った。そう康二さんが明るい口調で話すのと裏腹に小春さんは、さらに顔色を暗くさせてゆく。
これ、私が聞いていい話…なの…かな?
そう少し不安になりながら、莉子は康二さんの顔と、小春さんの顔を交互に見つめる。
その莉子の様子に気がついたのか、小春さんは軽く笑みを浮かべながら、
「そ、そうそう。コイツ、馬鹿だからさ…。」
と言葉を続ける。
しかし、その直後に、
「ご、ごめん…。ちょっとトイレ……。」
と告げると、急いで部屋を出て行ってしまった。
そんな呼春さんの様子を、少し呆れた様子で康二さんが、
「あいつ、色々と大袈裟たがらさァ…。ごめんなぁ、莉子ちゃん。せっかく呼んどいて、変な空気にしちゃって…。」
と、莉子に謝罪した。
莉子は慌てて首を振る。
「あ、いえ!全然いいんですっ。そ、その…、前にも透子さんにそれっぽい話、聞いたので…。」
そう答える莉子に康二さんは少しほっとしたような様子で、
「そっか、莉子ちゃん知ってたんだ。」
と呟く。
なんか重い雰囲気になっちゃったなぁ…。
そう感じた莉子は少しおちゃらけながら、康二さんに尋ねる。
「あ、じゃーあ、小春さんが居ないうちに、色々聞きたいです〜。お二人の出会いとか…。惚気ちゃってくださいよぉ〜。」
そう言ってニヤニヤしている莉子を見て、康二さんも少し悪戯っぽい笑みを見せる。
「な~に、莉子ちゃん。マセた事、聞くんじゃないよぉ〜。何も面白い話なんてないぜ??」
そう言いながらも、康二さんは少しだけほっとしたような表情を浮かべながら、話し始めた。
「透子からも聞いただろうけど、俺達中坊の頃から高校入り始めた頃くらいまで、ちょっと荒れてたのよ。で、俺はそん中でも結構上の人らに気に入られててさ。
多分、俺が族に向いてる、怖いもの知らずなとことかだろうな、あん時は必死に仲間の奴らに受け入れてもらうために、何でもやってさ。
今考えてみたら、すげーくだらねーことばっかりだけど、それでもそん時の俺等にとってはそれが全てで…、楽しくてさ。」
そう言いながら、康二さんは少し懐かしそうに、遠い目をした。
莉子は自分の知らない世界の話が聞けている事に少しの後ろめたさと、好奇心を感じながら康二さんの話に耳を傾ける。
「ま、でもそんなことばっかりしてたらいつかはツケを払うときが来るってもんだな。
いつものよーに俺が、仲間のバイクの後ろに乗ってさ、所謂チキンレースってやつ。トラックとかのでけー車が正面に来てさ、どれだけぎりぎりのとこまで道路に居られっかみたいなことしててさぁ…。馬鹿みてーだよな。
前で運転してたダチは『もう行こーぜ』とか言ってんのになんかその時は、前の日、小春と喧嘩したこともあってか、なんか分かんねぇけど、意地でもそこを離れたくなくなってさぁ。」
莉子は頭の中で、漫画のワンシーンのようにその様子を思い浮かばせる。
トラックから鳴り響くクラクション、
心配する仲間の声、
バイクの轟音………。
「で、いい加減、痺れをきらした運転してたそいつが車道を離れた時には、もう遅し。
なんとかぎりぎり正面からの衝突は避けられたから、そいつも俺も命に別状はなかったんだけどさ…。
ダチが急いで車道から避けよーとしたもんだから、何も考えてなかった俺はちゃんとしがみついてなくて…。
軽くだけど、吹っ飛んじまった。
で、ガードレールんとこに左腕から着地してこのザマよ。」
そうあっさりと話しながらぷらぷらと頼りなく左腕を動かす康二さんの様子を莉子は、今まで感じたことのない様な、ゾッとした気持ちで『それ』を眺める。
「なんかおっきい怪我とかするとさぁ、そん時はやっぱしコーフンしてっからか、全然痛みとか感じね~のな。
でも、ガードレールの周りんとこに、尋常じゃない位、血溜まりできてんの見て、やっと腕がやべーくらい痛いのに気がついさぁ…。
でもその痛みでやっと俺、なんか目ぇ、ちょっとだけだけどさぁ、冷めた気がしたよ。
こんなにでっけー傷つけちまったら、絶対、小春とか、透子と裕美とか、かーちゃんとかに泣かれるよなぁ…。とか、そんなことぼんやり考えてさぁ。」
そこまで聞いて莉子はふと、思い出す。
「あのう、でもそのことと小春さんとの馴れ初めって…。」
そう尋ねられて康二さんは少し申し訳無さそうに、
「ああ、悪い悪い。別にこえー話したかった訳じゃなくてさぁ…。その後なのよ。小春と、ちゃんと付き合ったの。」
と続けた。
「で、案の定女達からめっちゃ泣かれるわ、怒られるわでさ…。
その頃には透子達はもうあんまし族と関わらなくなってきた頃だったのもあってさぁ…。
大して親交があった訳でもないのに、いきなり見舞いに来たかと思ったら、もうめちゃくちゃに
『族、抜けろっ』
って…。毎日、毎日詰め寄られてさ、
『お前が辞めるって言わない限り、ずっとここに、病院に立て籠もるぞっ』
って、本気の顔で言われた時とかは、流石の俺でもビビったね。」
そう言って、康二さんは少し恥ずかしそうに、人懐っこい笑みを浮かべる。
「でも俺、やっぱ馬鹿だからさぁ…。そうは言われてもやっぱし族を抜けるなんてこと、頭になかったのよ。俺に長の称号預けてくれた上の人達にも、申し訳立たねぇし…。
で、そんな時に小春が来てさぁ。一人で。
病室に入ってきて間髪入れずに、大泣きしてさぁ、
『あんたがまた族に戻ってって居なくなっちゃったら、あたし、どうやって息吸って……、
生きていくのか分かんなくなる』
…ってさ。」
「なんか、俺、その言葉に変だけど…。
ジーンときちゃって。
ああ、俺もコイツのこと、必要なヤツなんだなって事にもその時、気付いてさ。」
で、付き合った、と後半、少し恥ずかしそうに頬を赤らめながら話してくれた康二さんの話を聞きながら莉子は
ほんとに漫画みたいな話だなぁ…
等とぼんやり思いながら、康二さんと小春さん、二人の姿を思い浮かべる。
いいなぁ…。なんか馬鹿っぽいけど、すごく純粋で…、素直で…、
すごく きれい。
綺麗な二人だなぁ…。
そんなことを考えて、ふと莉子は一つ、疑問に思うことがあった。
「あれ?でもじゃあ、その時まで二人はお付き合いしていなかったんですか?」
そう少し不思議そうにする莉子に、康二さんは少し決まり悪そうに、
「あー、いやー、その…。
体の〜方は、その、関係あったんだけどさァ…。まだ付き合うとか…そーゆのは考えなかった……。から……。」
と、先程以上に顔を赤らめながらボソボソと答えた。
莉子は少し、
康二さんに、当時の男性に、軽蔑を覚えながら、
「康二さん、サイテー。」
と、少しわざとらしく目を細め、康二さんを睨みつけてみた。
「あ、やめろよなぁー、そんな目で見んなって…。」
莉子の冷たい視線に気がついたのか、康二さんは少し慌て始める。
「いやだってさぁ、莉子ちゃんは知らないだろーけど、そん時の、族ン中なんてもうみーんな荒れてたのよ?男女の関係なんかも…。
小春の奴も、そん時かーちゃんと上手く行ってないとかで、もう色んな奴と関係持ってから…。俺だけじゃねーんだって…。」
と、そこまで康二さんが話し終えると同時に、トイレから戻ってきたのであろう小春さんが、康二さんの後ろで仁王立ちしながら、
「な~に、私のせいにして、私の話持ち出してんのぉ?」
と、ドスのきいた低い声で呟いた。
そんな様子の小春さんに、慌てて、
「いや、小春。それは違うんだっ。いや、違うという訳でもないけど…」
等と弁解する、康二さんの様子を見ながら、莉子は考えてみた。
康二さんはサイテーだとしても…。
小春さん……。
それに当時の族の人達って…。
今で言うところのトー横とかに近いのかな?
でもやっぱり、過激とはいっても何処か種類は違う様な…。
自分の知らない世界だなぁ…、と莉子はまだ少しびっくりして処理が追いつかない頭でそんなことを考えていた。
「いやぁ~、ほんとに今日はごめんなぁ…、わざわざ家に呼んで、こんな変な話しちゃって…。」
帰りの車内で、少し申し訳無さそうに、それでいて何処か、少し晴れやかな顔で、康二さんは莉子に謝罪した。
そんな康二さんに、莉子も少し疲れを滲ませながらも、いつもの様な、明るい調子で答える。
「いえ、私の知らない世界の話を聞けたので…。」
そう言って、変なこと言ってないよね?と、少し不安になりながら、頭の中で考える莉子を見ながら、康二さんはボソリと呟いた。
「そうだよなぁー…。莉子ちゃんみたいな、真面目そうな子からしてみたら、全然理解できねぇことばっかりだもんなぁ。」
そんなこと、ないですよっと、少しムキになって反論しようとした莉子は、ふと、そう話す康二さんの少し、寂しそうな顔が目に写った。
「いや、嫌味とかじゃなくてさ、俺もここまで成り下る前は結構、優等生クンだったからさぁ…。
初めは不良みたいな奴らのこと、自分の知らない世界を知ってる奴ら、って感じで…。憧れててさ…。」
康二さんの話す、その気持ちは莉子も、何処か分かる気がした。
父親や、母親の部屋でこっそり読んだ、当時の、不良が出てくるような少し乱暴な漫画は、何処か彼ら・彼女ら、不良の様に、何かに対して攻撃したくて、反抗したくて…といった自身のフラストレーションをそれらの表現で、発散してくれるようなものだった。
「でも、やっぱりその『ツケ』があるからなぁ〜。莉子ちゃんはずっとそのまんまでいろよぉ…。
こうなったらおしまいだぞ……。」
そう言いながら康二さんは、莉子に届くかどうか分からない様な…、小さな声で
「懺悔みてぇなもんだなぁ。」
と呟いたのが、莉子の耳に薄っすらと聞こえた。
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