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体育祭の練習中、ぼんやりと眼を向けていた前方に何かが見えた。
ほんの一瞬だったから気のせいかもしれない。いや、おそらく気のせいだ。そう自分に言い聞かせていたら、校庭中に号令が轟いた。
「回れ右」
言われるまま体ごと右へ向ける。その時、視界の左端で何かが動くのが見えた。
周りの生徒の動きが目に入った訳じゃない。見えたのはあからさまに異質な何かだ。
次の号令で最初とは真反対の向きになる。さらに次の号令で角度を九十度変えると、今度は視界の右端に何かがチラついた。
その方向から何か聞こえる。これは…声だ。ごく小さな声が何か言っている。
「もうじきこっちを向く。やっとちゃんと見てもらえる」
確実に、俺に向けられているその言葉。
さっきから、チラチラとだけ窺える何か。それを正面から見たらどうなる? きちんと向き合ってしまったらどうなる?
「回れ右」
響く号令に体が従う。本当は背を向けたいのに、全体が意思とは逆に動く。
一回転して元に戻った体の向き。伏せられない目の先には、そこにいるのは…。
回れ右…完
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