『オフィスに蠢く亡霊たち』

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『オフィスに蠢く亡霊たち』

全て実話です。 あの恐怖は私が転職したときに体験しました。 県が運営する施設センターに再就職した私は管理部に配属が決まりました。 常駐しているオフィスビルは新築ですが、隣にある誰もいない5階建ての古いビルは1年後に取り壊し、土地の売却が決まっています。よく言えば昭和の香りがして趣がある、悪く言えば暗く薄汚れた不気味なビルです。 私はその古いビルの5階から2階までの各階3室、計12室の会議室を市民に無料で貸し出す業務に就きました。ちなみに12室の会議室はA~Lとアルファベットで区分されており、5階のA会議室は5-A、B会議室は5-Bと呼んでいます。 前任者が私を連れて各会議室を案内した時のことです。 誰もいないはずの会議室に影のようなものが通り過ぎました。しかし前任者はそれに気付かず説明を続けています。ふっと嫌な予感がしましたが私は何も言えず、引き継ぎが一通り終わると古いビルを出てオフィスに戻りました。 会議室は使い勝手が良いのか市民から毎日電話があり、空きがあるとすぐに予約で埋まってしまうほどの人気です。 午前の時間帯は老人会の会合や手芸、詩吟教室、午後はヨガ、フラダンス教室、そして夜は英会話、他教室等多岐にわたり使用されています。 しかし会議室の無断キャンセル、備品の破損紛失、騒音等のトラブルも多く、その対応で一日があっという間に過ぎていきます。 毎朝8時30分に派遣ガードマンのN氏が私の部署に来て会議室の鍵を受け取り、9時に鍵を開け、そして20時半に会議室の鍵を閉め施設内に人がいないかを確認して、21時までに鍵を戻すのがルーティーンです。 N氏は私より10歳も年上ですが話が合い、昼の弁当を一緒にオフィスで食べながら、昔見た映画の感想やプロ野球の話をすることが毎日の楽しみになっていました。 そんなある日・・・ N氏が風邪で休んだときのことです。 派遣会社も代理のガードマンが見つからず、私が初めて会議室の開閉をすることになりました。 マニュアル通り朝9時に会議室の鍵を開け、会議室が適切に使用されているかを確認するため何度か見回りし、そして20時半に鍵を閉めるためエレベーターで5階に上がりました。 教室は20時に終了してビルの中は誰もいません。 5-A会議室の電灯を消しドアを閉めて廊下に出ると・・・ ドン、という音が部屋の中でしました。 「何だろう」とドアを開け確認しても何もありません。 再びドアを閉めると・・・ ドサッ、と大量の紙束を落とす、いや叩きつけるような音がしました。 確認すると何もありません。 背筋に冷たいものが走りました。 今度はB会議室の中から、ガチャン、と花瓶が割れるような音がしました。 恐る恐るドアを開けB会議室を確認すると、花瓶はテーブルの上にあり何も割れた形跡がありません。 私は急に怖くなり、オフィスの同僚を呼ぼうと携帯を探しましたが、デスクに置き忘れたのかスーツのポケットにありません。 「何者かがここにいる。早く逃げないと・・・」 私はエレベーターのスイッチを何度も何度も押しました。しかし、作動音がするだけで1階に止まったまま5階に来る様子が全くありません。 諦めて4階に行こうと階段まで歩くと・・・ コツコツコツ・・・ 私の後をつける靴音が聞こえてきます。私が歩を止めると、その靴音も止まり、再び歩くとまた靴音がします。 「誰かいるのか!!」 私は立ち止まって振り返り大声で叫びました。 すると靴音が再びコツコツと鳴り、今度は私を追い抜いていきました。 このビルは得体のしれないものがいる、と確信した私は靴音を追い抜き階段まで走りました。 4階から3階 そして2階の踊り場に着くと・・・ 「ギャーッ!!」 耳をふさぎたくなるような凄まじい男の悲鳴が階段に響き渡ります。 もう限界です。 私は1階のロビーまで走り抜け、玄関の自動扉の前で開くのを待ちました。何度も何度もセンサーに手をかざしましたが開きません。 「誰か助けてくれ!!」 私は外の駐車場に向かって手を振り大声で助けを求めました。 しかし誰もいません。 裏に関係者出入口があるのを思い出し走りました。 そしてドアを開けると外で何かが引っ掛かっているのか、どんなに強く押しても全く動きません。外に出ることが出来ず完全に閉じ込められました。 その時、バチン、という音とともに突然ロビーの電灯が消え真っ暗になると私の身体は恐怖と寒さで小刻みに震え、口から白い息が出てきました。 ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ・・・ 廊下の奥から集団が行進するような靴音がこちらに向かってきます。 ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ・・・ 暗闇の中目を細めて見ましたが何も確認できません。 ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ・・・ どこにも逃げ場がない私は、壁を背にして音の方向をじっと見ていました。 すると行進が止まり私の目の前に・・・ 暗闇の中で目を凝らし、じっと見るとそこに・・・ 軍服を着た若い日本兵が私にピストルの銃口を向けています。 パン、という乾いた音とともに私は気を失いました。 誰かが遠くで私の名前を呼んでいます。それは次第に大きくなりました。 目を開けるとそこに私服姿のN氏がいました。 「やっと目を覚ましましたね。大丈夫ですか?ケガはありませんか?」 私は理解が追い付かないままN氏に言いました。 「あれ?Nさん今日休みでしょ」 「熱が引いたので気になり駆けつけました。死んだのかと思いましたよ」 倒れていた私はその場で座り直し全てをN氏に語りました。 「そうですか、やっぱり・・・実は私も毎日同じ体験をしています・・・」 「えっ?毎日ですか?」 「話したかったのですが、派遣会社から固く口留めされていて・・・」 N氏によると派遣会社より、「警備中に見た、経験した心霊現象は絶対口外してはならない」という規則があり、誰にも何も言えなかったとのこと・・・ N氏は肩を落とし続けます。 「取引先が所有するビルは財産です。私たちが良からぬ噂を立てるとその商品価値を落とすことになります」 N氏の言うことはもっともです。心霊現象を信じない、見えない人からすれば私たちは狂人です。また噂が噂を呼び心霊スポットのレッテルを張られる可能性もあります。 そしてN氏はポケットから何かを取り出すと私の手に握らせました。 それはある有名な神社のお守りでした。 「ずっと持っていたお守りです。週に一度休みの日は必ず神社にお参りをしています。これがあると誰も襲ってきません」 N氏は怪奇現象を経験した直後、図書館でこの土地の歴史を調べたそうです。 「地元の郷土史によると、ここは戦時中日本陸軍の防空壕があったそうです。しかし米軍による空からの爆撃で破壊され、そして終戦後に県がこの土地を所有し施設を建てたようです」 「それで日本兵が・・・」 「彼らは死んだことがわからず、今もあの世と現世の間を彷徨いながら戦っているのかも知れませんね」 寂しそうに語るN氏が続けます。 「私は会社の規則を破ってしまいました。多分解雇でしょう」 「何を言ってるのですか?Nさんは私の命の恩人です。施設長にNさんが解雇されないよう直訴します」 その後私は会議室の使用を止めるよう施設長に進言しました。 この古いビルで怪奇現象を経験した職員も多く、彼らの説得もあり結果会議室の使用は全面禁止となりました。 市民には心霊現象のことは伏せ、ビル全体に瑕疵が見つかったと発表しました。 施設長が派遣会社に連絡をして、N氏は引き続きこのビルの管理をすることになりました。 あれから1年後・・・ ビルは解体され更地になった土地は予定通り売却されました。 そして3年後・・・ あの土地は50階建てのタワーマンションへと変貌しました。 私は毎日タワーマンションを見上げながらお守りを手にし、何も起こらないことを心から祈っています。 ©2024redrockentertainment 最後までお読みいただき本当にありがとうございます。 これは父が体験した実話です。「ぞっとする短編実話怪談」は短編、少し長いものは「昭和実話怪談」と分けております。それぞれ楽しんでいただけましたら幸いです。                     2014・9・29 redrock
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