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空には星が瞬いている。
始発電車だってまだ動いていない午前三時。
俺はタクシーでマコちゃんの住むマンション前に降り立った。
「ミチコさんが電話しても出ないって言ってたけど…マコちゃんに何かあったのかもしれない」
それはほぼ口実なのだが…マコちゃんに会える大義名分が出来たこのタイミングを俺は見逃さなかった。
真夜中、マンションのエントランスには誰もいない。
照明がまるでスポットライトのように俺を照らす。
早くマコちゃんに会いたくて走り出したいけれど、はやる気持ちを抑えてゆっくりと静かにエレベーターに乗り込んだ。
きっとマコちゃんは眠っている。
「でも…」
昨日は金曜日だから映画でも見ながらまだ起きているかもしれない。
誰かと一緒だったら嫌だけど…マコちゃんのことだから夜を共にするような特別な人はいないはず。
漠然とした不安に包まれる。
「今行くよ、マコちゃん」
俺は呟きながらボタンを押した。
ミチコさんに借りた鍵がチリン、と小さく鳴った。
「おっと…ヤバい」
ゆっくりと静かに鍵穴に差し込んで捻るとカシャンと乾いた音が小さく響いた。
靴を脱ぎ、壁に手を置いて暗い廊下を奥へと進む。
このマンションには静さんがまだここに住んでいた頃に一度だけ訪れたことがある。
その時見た間取りを思い出し灯りを付けずにリビングへと入った。
「さすがに暗くて分からん。危ないし」
ジーンズの後ろポケットからスマホを取り出しライトを付けた。
部屋の中は散らかっているというほどではなかったが雑然としていて薄らと埃が積もってきている。
「やっぱり忙しいよね」
俺が一緒なら毎日部屋をピカピカにしてマコちゃんが落ち着いて休める場所に出来るのに。
例えば休みの日は朝から部屋中ピカピカに磨いて、食事はマコちゃんの好きなお肉と野菜ゴロゴロピリ辛カレーライスにブロッコリーとオクラのサラダ。
それから弘美さん直伝のトマトのスープ、とか。
「白いエプロンを付けて新婚さんみたいに玄関までマコちゃんを出迎えて…それから…」
そんな輝く近未来を想像してうっとりしてしまう。
…いや、そんな事、後でいい。
俺は雑念を払うように頭をブンブンと振った。
「さてマコちゃんの部屋は…」
リビング左手、襖の扉をそっと引くと常夜灯のオレンジ色の灯りの下、マコちゃんがすやすやと眠っていた。
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