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放課後の、学校の屋上の風が冷たかった。
十二月に入り、ようやく感染症は落ち着いてきている。
僕の受験のころには、東京へ戻れそうだ。
「白野くん」
声をかけてきたのは、賛歌だった。
ほかには誰もいない。
「リツは変わりない?」
「ええ。彼女を苦しめた人間は、首生の権力で相応の報いを受けてもらったけど、リツはそういうのは喜ばないかもね」
賛歌が制服の裾をめくった。
腹の空洞には、今は、目を閉じたリツの生首が収まっている。
賛歌が、右手を僕に伸ばした。
あのマスキングテープと遺書を持っている。
「これ、白野くんに返すべきじゃないかと思って」
「いいんだよ。賛歌がリツからもらったんだから」
賛歌は、ありがとうと言って、テープを胸元で抱きしめた。
机の裏に貼りつけた遺書を、リツは回収しなかった。そんな余裕はもうなかったのか。別の理由か。
とっさにあんな隠し方をしたのなら、遺書を手にしながら、マスキングテープも同時にその手に持っていたのだろうか。その時、リツはなにを思っていたのだろう。
「そういえば私、後輩の子に、白野くんとの交際はどうですかって訊かれたから、思わず言っちゃった」
「なにを」
「私と白野くんはつき合ってないよって。白野くんは、ほかに好きな子がいるって」
「……首生様の破局は、ちょっと騒ぎになるんじゃないか?」
「本当のことだもの」
確かに僕の初恋は、今でも現在進行形だ。過去形になる理由も気配もない。
リツを見るたびに、とても愛おしくて、今もそこに首があることが嬉しくて、物凄く悲しくて、泣きたいくらいに寂しい。
生きているって大変だ。たぶん、不老不死であっても。
「長生きしような」
「こっちのセリフだけど」
「それに、幸せになろう」
「それはいいと思う。なろうね」
僕たちは、きっと、いい生き方をしていく。
こんなにも切なく、恐らくはもう埋まることのない欠落に泣きたくなっても、線香花火のようなほのかな幸福の訪れを信じられる。
彼女の死のせいではない。彼女の生と思い出のために。
夕暮れが近づいていた。
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