『蝙蝠の羽』

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「ここ、良いかい?」かわいらしく手を振る。  男の顔の前に持って行かれたそれは、そこだとやけに大きく見えた。意外と小さいのか、と彼は思った。足が一メートル、というのは多分、兎お得意のウソだろう。足も、そんなに速そうに見えない。  とりあえず、と頷く。彼はにっこりと笑い、「相どうも」と言って、たはーっ、とまた八重歯を見せた。それが、相席、とかけたダジャレによるものか訊こうとして、彼は口ごもる。こういうクソ寒いギャグセンスも、自分の爪弾きにされた一助となっていたことを思い出したのだ。 「僕も同じだよ」 「?」  下を向いていると、男が横から覗き込んで来、短く言った。 「逸れ者」 「……なぜ分かるんだ。読心術でもあるまいに」 「それが、そうなんだよねえ。困ったことにサ」  おどけたように頭をコツリ、と叩く。くりくりした前髪に隠れて、彼の目は殆ど見えなかった。だが、なんとなく、笑ってはいないんだろう、と彼には分かった。 「僕は心が読めるんだ。そんな奴、仲間に入れたくはないよねえ。――ま、そんな訳で僕ちゃん、ひとり」 「そうか」  人間はどうやら、思ったより色々な能力を持っているらしい。 「いやあ、僕は変わり種だよ。皆ができるわけじゃない。むしろ、僕だけがそれをできるから、いっつも皆に混ざれないんだ」  被せるように、男がからからと笑う。「今考えてるんだ、上からノータイムで返答しないでくれ」と、面食らった彼はどうにか、そう返した。 「そ! 良く言われる。『こういうトコ』らしいんだよねぇ、何か」男は笑う。「良く分かんないや」  瞳を覗き込むようにしてはいたが、その奇妙に赤く光る目は、実はどこも見ていないようにも、彼には思われた。「ねえ」呟く。 「分かることを分かるって言っちゃ、駄目なのかな。僕、ただ、ひとの気持ちが分かるから、その通り言ってるだけなんだ」  ね、駄目なのかな。  問いかけに、彼は何も言えなかった。人間の俗習など、ここに流れ着いたばかりの彼には、分かるはずもなかったのである。  ただそれでも彼は、何とかこれに、良い回答をしたい、と思った。  男の瞳はひどく乾いていて、今にも潤びそうだった。答えを待っている。一目で、そう彼には分かったのだ。
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