4人が本棚に入れています
本棚に追加
彼女は反射的に頭を上げる。まさか、誰かに後をつけられていた? そんなはずはない。来る途中何度か立ち止まって十分警戒したし、この場に来てからも物音にはずっと注意を払っていた。だから接近してくる人間がいれば、気づかないはずがない。
なのに、なぜ――そんな彼女の疑問は、すぐ解決した。
わかってみれば簡単な話だ――声の主は、人間ではなかった。生物ですらなかった。
彼女の目の前に立っていたのは虚空にうごめく、純然たる闇の塊だった。
「わかるやろ? 山に埋めてええんは、山の生き物だけ。そういうルールやねん、な?」
強制的に理解させられた。あれは人の常識の埒外にあるもの――超常的で、超越的な、なにか。ちっぽけな人間にすぎない彼女など、芥子粒ほどの害を及ぼすことも叶わぬ代物。
だけど、彼女だって退くわけにはいかない。ガチガチ鳴る歯の根を食いしばり、いなす。ぐっと丹田に力を入れてから、上目遣いで喉の裏側から甲高い声を出した。
「すいません、知らなかったもので……あのう、ところで、どちらさまで……?」
「ああ、こりゃ名乗るんが遅れてすまなんだなぁ」
コホン、と咳払いをしたかのごとく、墨を宙に零したようなその表面が大きく波打った。
「シタナイ神で、ええで」
「シタナイ、シンさん……不思議なお名前ですけど、なにか由来でも?」
「ああ、なんつうかまぁ、本名が意味するところの略称よ」
闇――シタナイ神は池に大石を落としたような波紋を揺らめかせた。
「〝絶対死体遺棄させない神〟――まんまやろ? もうちょい捻れってウチのオカンに言うたってくれや、なぁ」
最初のコメントを投稿しよう!