死体遺棄妻VS絶対死体遺棄させない神

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「――ごめんなさい!」  本音を(プツッ)おくびに出さず、彼女はあくまでか弱い女性らしく振舞う。 「そんな偉い神様だなんて知らず、私ったらとんだご無礼を……」 「お? おお、別にええんよ。わかってくれたらそれで」  彼女は袖口で鼻の下を拭うと、機敏な動作で立ち上がってバックパックに駆け寄り、ガサゴソと中を漁る。目当てのものを取り出すと、サッとシタナイ神の正面に戻った。  そして、両手に持ったそれ――高級菓子折りを差し出し、深々と頭を下げる。 「勝手に立ち入って、ご挨拶もしないなんて……あのう、お口に合うかわからないですけど」 「え? えーっ」  シタナイ神はどこか慌てたふうだ。 「いやこれ、吉称寺で夜明け前から並ばな買えへんって大福やろ? いやいや、そない高級品、もらわれへんわ~」 「いえいえいえ! シタナイ神さんくらいの神様に供えるには、これでも足りないくらいですが――ささ、どうぞ!」 「そ、そうお……? ほんなら、いただこかなぁ」  遠慮してみせたものの、内心気になって仕方がなかったのだろう。シタナイ神はその身体(?)の一部をうぞうぞと彼女のほうへ伸ばし、ず、っと菓子折りの箱に触れた。  白和紙で包まれた上品な菓子折りは、見る間にぐずぐずと黒くただれ、腐臭をまとった濃密なしずくとなり、箱の外郭を成す線を滑り落ちていく。  次々したたる黒の腐汁は、しかし地面に垂れることなく、まるで意志を持つかのように一点へ収束する――つまり、シタナイ神のうごめく闇胎の中へと。  菓子折りの最後の一片が黒く変質する瞬間、堪えきれず彼女は手を引っ込めた。全身の皮膚が、粟立っていた。 「はぁーぁ……ええねぇ」  シタナイ神は満足したように呟く。 「あんこのなめらかな舌ざわりはもちろんのこと、やっぱりこの、求肥のね? ふくよかな感触とすべてを調和させる甘さはね? やっぱ、他では味わえへん悦びやね……」 「よ、喜んでもらえて、なによりですぅ……」  鼻の粘膜を焼くような腐臭の残り香に辟易しつつ、彼女は辛うじて笑顔を繕った。 「あの、山の神様はお餅がお好きだって、聞いたものですから……」 「あら、そんなんまで調べてるのん? いやー、イマドキ珍しいくらい勤勉やねぇジブン」  いえそんな、と口では謙遜しつつ、彼女は心の中で当然だと胸を張る。 夫を殺害し、その死体を誰にも知られず山に遺棄する――こちとら、そんな人生を賭けた計画の真っ最中なのだ。妨げとなる可能性は事前にできる限り排除したし、万が一への備えも抜かりない。そう、今のような事態でさえもだ。 (やっててよかった、山の神に祟られそうになったとき対策……!)  バックパックには夫の遺体を詰めたコンテナの他にも、こうした不測の事態に備えて合法・違法問わず取り揃えた諸々のグッズを満載にしてある。  だがまさか、野生動物への対処用に持って来ていた麻酔銃ではなく、単なる魔除けのつもりで用意した山神対策を使うハメになるとは想像もしなかったが。 (やはり、犯罪は準備が九割――! 絶対この場を切り抜けてやる……!)  彼女は自然な動作で、左手を後ろにやる。その袖口には、さっきバックパックからこっそり取り出したものが仕込んである。  お供え物は単なる前フリだ。本命は、遠路はるばるS県は入雲大社まで足を運び入手した、清めの祓い塩――これをブツけてやれば、聞いたこともないふざけた名前の山神など雲散霧消するに違いない。 というか税別十五万もした塩だ、効いてくれなくては困る。 (あるのはほんの一握り分だけ……確実を期すには、もっと油断させないと)
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