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もはや彼女に理性は残されていなかった。爆発する感情のまま怒号を放つと、その場にへなへなと崩れ落ち、年甲斐もなく大泣きする。
「うえっ……うえぇぇぇぇん!! せっかく埋めたのに……掘り起こされないよう、深く深く埋めたのに!! それも、持ち運びできるように死体バラして、わざわざ遠く離れた別の山をそれぞれ選んで、誰かに見つからないかビクビクしながら、やっとのことで埋めたのに!!! それをぜんぶ台無しにしやがって……なんなのよ、あんたいったい、何様のつもりよ?!」
「せやから、絶対死体遺棄させない神やけど……」
「頭悪い小説のタイトルみたいな名前しやがって!! 死ねこのクソ山神!!!」
やぶれかぶれで、彼女は右手の祓い塩をシタナイ神に投げつける。シタナイ神は避けもせず、真正面からそれを浴び……舌でべろりと舐めとるように闇の身体にさざ波を走らせた。
「ごめん……甘いもん食べたあとやからめっちゃ美味い」
「わああああぁん!! 十五万したのにいいぃ!!!」
絶叫しながら、彼女はだんだんと、なにもかもわからなくなってきた。
あれほど明確な意志と殺意を持って、この計画に臨んだのに。あと少しで、すべてが上手くいくはずだったのに。計画を練って、準備して、実行に移して――あ(プツッ)れだけ、心も身体も真剣に張りつめていたのに。
それが、なぜ、いつの間に、こんな安っぽい三文芝居みたいな展開になった?
(あ……そうか、なんだ、これ……夢かぁ……)
彼女はどこかホッとした。そうだ、こんなちっとも笑えない笑劇、現実だなんてありえない。そうだ、夢だ。夢に決まっている。
自分は寝室で、夫と二人、あたたかな布団にくるまれて眠っているに違いないのだ。
夢の中だけど、彼女には彼の寝顔が見える気がした。
付き合いだした頃と同じような、あどけない、彼女が愛した彼の寝顔――何年ぶりに見たことだろう。最近の彼は仕事が忙しいと言い、夜遅く帰ってくる。彼女を起こしたらいけないから、とソファで眠る。
――その優しさに違和感を覚えたのは、いつのことだったっけ。
(プツッ)日付は思い出せないけど、場面は鮮明に覚えている。その日、彼女は彼の仕事が終わるのを、会社の向かいにあるカフェでこっそり待った。
そして……知らない若い女と出てくる彼を見つけた。
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