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予約したオンラインカウンセリングの時間が来て、浩美はあらかじめ送られてきたリンクをクリックする。すると、パソコンの画面の向こうに襟付きのシャツを着た、清潔感のある男性が現れた。
「はじめまして。本日はよろしくお願いします」
画面の向こうでお辞儀をするカウンセラーに向かって、浩美も自然とお辞儀で返す。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「心理カウンセラーをしている陣内と申します。今日はリラックスして、お悩みをお話しいただければと思います。ここでのお話は外に漏れるような事はありませんから、まずその点はご安心ください」
「分かりました、ありがとうございます」
浩美は、自分の頭にこびり付いた負の感情と向き合うことを、ずっと避けてきた。夜は眠れるし、フラッシュバックのような症状も幸いなかった。でも、あの日から、どうも自分の周りに壁を張り巡らせて、自分が人生の中でもう二度と傷つくことがないように細心の注意を払って、生きている。きっと、その緊張感は裕太にも伝わっている。
自分の感情をできるだけ丁寧に、ついつい張ってしまう見栄でカウンセラーの判断が狂わないように、細心の注意を払って、自分の事を伝えた。
「お辛い経験のことを、話してくれて、ありがとうございます」
陣内は、一度も割って入らずにじっと話を聞くに徹した後で、いくつか掘り下げるように質問を投げかけた。
浩美はついつい話すつもりもなかった自分の中の不安やフラストレーションの尾ひれが話にくっついてしまっている事を自覚しながらも、過度に感情的にはならないように最後まで話し終えた。それだけでも、自分の気持ちが少しの間だけ、軽くなったように感じた。
所定のカウンセリングの時間が終わりに近づいたところで陣内が仕切り直すようにして襟を正してから口を開いた。
「一つ、質問してもいいでしょうか」
「はい、もちろんです」
「今、誰かともう一度、心の結びつきを感じたいと思えますか」
「それは、例えば恋人ということでしょうか」
「一番強い結びつきと言えば、恋人でしょう。ですが、そうでなくても親友の存在やコミュニティへの所属、とにかく自分の居場所だと感じられる、そんな安心感を感じられる他人の存在も浩美さんの人生において、心の支えになると思います」
それは、浩美が裕介の死後、意図的に避けてきたものでもあった。他人と関われば、悪気はなくても話は家族のことに及ぶ。その度に、自分が辛くならないような、かといって相手に変な気も使わせないような説明を考えることがとても面倒に感じていた。それならいっそ、誰とも新しく関わらない方がよほど楽であると思った。
「浩美さんは、裕介さんがお亡くなりになる前は人と繋がることは好きでしたか?」
「どういう意味でしょうか」
「つまり、元から一人が好きで他人との間に距離を作っていたのか、裕介さんの事故をきっかけに変わってしまったのか、ということです」
「後者です」
「そうですか。どうでしょう。無理をしない範囲で、浩美さんが関わることが出来そうな、そんなお友達や知人はいないでしょうか」
親身になってくれた友達を沢山突き放してきた。優しさを正面から受け取ることが出来なかった。意地悪な妄想で、自分を哀れに思っているに違いないと感じたこともあった。
「一人もいません」と言いかけたところで、勤めている市役所の同僚の顔が浮かんだ。
「お心当たりは、ありそうですね」
「はい、一人」
「どうでしょう。その方に自分の気持ちを吐露してみるのは。もちろん辛いところはぼかしてもいいですし、相手が思ったように話を聞いてくれなければ、途中で切り上げても問題ありません。一度、チャレンジしてみませんか」
「やってみます」
終了時間になり、陣内との通話は終わった。是非、また話を聞かせてほしいと最後に言ってくれた。
LINEの友達欄から「沢田浩平」という名前を探す。何度も職場で孤立する浩美をお茶に誘って、その度に浩美は断りを入れてきた。でも、いつも屈託のない笑顔で「じゃあ、また今度」と言って明るく去っていく。そんな人だった。あの人なら自分の話を、重くなり過ぎずに聞いてくれるかもしれない。そう思えるのは沢田だけだった。
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