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いちご色の月が出ている。
夜明け前の世界。
うっすら涼しげな風にすら、春の果物の香りが染み付いているように感じられる。
長かったくらい闇と、これから訪れる明るい光の狭間。
そこに、少女がいた。
白いワンピースと、淡い檸檬色の帽子。さっぱりした足取りで彼女が足を進めるたび、くらい夜の草原にひらひらとその姿が浮かび上がる。
一見、少女は迷いなく歩いているように見えた。けれど実際のところは、真逆。迷いに迷ってどうしようもない状態にありながら、さらに自信満々に歩き続けるという愚行を、彼女は今まさに実行しているのだった。
すっと白く通った鼻梁。ガラス玉のような瞳。柔らかな短い銀髪。
小さな体に、まるで天の神が与えたもうたかと見まごう美しい形質を詰め込まれ、それが颯爽と歩く様はまるで一枚の絵のように輝いている。
けれどその眩さは、少女をよく知る人にとって、割れやすい薄氷の幻想でしかない。
困ったなあ。困ったなあ。でも、まあ、いっか。
少女はルンルンと鼻歌を歌いながら歩みを進める。
少女の歩く旅、踏んだ大地に銀色の星の光が散る。ピカリ。ピッカリ。
迷ったなら引き返せ。それもできないなら立ち止まって救援を待て。
そう少女に忠告できる存在は、残念ながらここにはいなかった。
けれど不意に少女の前に、「立ち止まる理由」が現れる。つまり、人家だ。どう考えても人里とは思えない荒涼とした草原にも、一軒の家があった。
ブルーベリー色に塗装された、不思議なくらい小さな家。
魔法使いの住居なんじゃないかとか、中には編み物をするマネキンがいて白骨したいさながらにこちらを脅かしてくるんじゃないかとか、色々な想像が頭を駆け巡って尻込みしてしまいそうな雰囲気の家だった。
もちろんのこと少女は臆することなく、ドアをノックした。
コンコンコン。
しぃん。
すみませーん、誰かいませんかー。
しぃん。
誰もいないようなので、勝手に入っちゃいますねー。ガチャリ。
きっと、家主はえっと思う暇もなかったのだと思う。白いワンピースの少女が颯爽と部屋の中へ押し入った時、「彼」はただただベッドの上で上半身を起こしたまま、目を丸くしていた。
マスカット色のナイトキャップを被り、血のようなワイン色のパジャマを着て、その青年は少女を見つめる。
「……えっと、」と、青年はまず言った。それから。「誰?」
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