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「天使です」と、その少女は言った。
「私、絶賛迷子中なんです。迷子天使と呼んでください。哀れな迷子天使を救済すると思って、道を教えていただけませんか?」
「いいけれども、」と、青年は戸惑いの表情を浮かべながら言った。「僕、悪魔ですよ?」
そして、マスカット色のナイトキャップを外す。そこには、黒く捻れ曲がりながら尖ったツノが二本、釘のように突き出していた。
天使はびっくりしたように目を見開く。
そして、自分の頭に被っていた檸檬色の帽子をパッと取り外して、言った。
「お揃いですね。隠していた仲間です」
天使の頭には、白く輝く光輪があった。悪魔は、なんと言ったらよいのか全くわからないといった表情でポカンと口を開けていた。
窓から月光が漏れ出している。いちご色の光が差し込み、悪魔の美貌を照らし出している。
純粋無垢であれと願われ生み出された「天使」と、人間を誘惑する存在あるべしと定められ生み出された「悪魔」が、世にも奇妙な対面をしていた。
「あのう。僕のような存在とお喋りをして、怒られないんですか?」
「さあ」
「……。……気味悪いって、思わないんですか」
「えっ、あなたのことを?」
「それもありますし。その、この部屋のデザインも」
と、その時初めて天使は、ぐるっと周囲を見回した。そして叫ぶ。
「わっ。気持ち悪い!」
「気付くの遅すぎないですか……?」
悪魔が呆れたように言う。天使が胸を張った。
「自慢じゃないですが私、観察力の欠如では私の右に出る天使はいないと自負しております」
「本当に自慢にならないですね……」
悪魔の家は、外から見ても不気味だったけれど。中から見ると、もっと不気味だった。
そこら中の壁という壁に、目玉が埋め込まれている。どれも宝石のように好きとおり、色とりどりのビー玉がこちらをじぃっと見つめてくるようだった。
なまじ美しく彫刻してある分リアリティがあり、ゾゾォッと背筋を逆撫でしてくるような凄みがある。
気持ち悪い、と天使は称したが。はっきり言ってその通りだった。そして怖い。
「なんでこんなになってるんですか……」
「神様が悪魔を監視しているんですよ」
「それはまあ、分かりますけど。でも、こんなに圧迫感を演出しなくても……」
「僕は悪魔ですから。本能的に、こういうデザインに対する忌避感はないんです。僕はけっこう好きですよ」
「……本当ですか?」
ええ本当ですとも、と悪魔は頷く。
むしろ、これら目玉は僕らの趣味に神様が合わせてくれているんです。実際は地上のどこに僕がいるのかを常にモニターするGPSみたいなものであって、神様が目視で僕らを見張るわけじゃないですから。
へえ、と天使は聞いていた。
不気味な目玉の群れをもう一度見る。そっ、と。
目を逸らす。すっ、と。
「……それでも、」と天使は呟いた。
「辛くないですか。四六時中、こんな風に監視されて。自由に出かけることも、できなくて。ずっとずっとこんな小さな家に閉じ込められて」
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