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少なくとも、と、天使は言った。
私だったら、絶対に嫌です。
私は自由に出歩きたいです。
悪魔は、少し沈黙した。そんな彼に、天使は畳み掛けるように言う。
「外へ出ましょう。私はいつも旅に出ては迷子になって、天の国の精鋭の捜索隊を十日おきに出動させる傍迷惑な迷子天使ですが、未だかつて監視の魔法なんてかけられたことはありません」
「それはもう、かけてもらった方がよいのでは……」
「全くもってその通りですね。私は典型的な『信頼しちゃいけないのに信頼されている』人ですから」
そして、と、天使は困惑顔の悪魔に対して続ける。
「あなたは典型的な———
———『信頼していいのに信頼されていない』人ですよね」
悪魔は目を見開いた。
さあ、と笑顔で手を差し伸べる天使に、悪魔は「でも、」とためらいの表情を見せる。
僕にはもともと、解放願望なんてありませんし。悪魔ってこうやって生きていくものですし。それに、ほら、そこら中に監視の魔法が。
自分を見つめる目玉の群れを気にして尻込みする悪魔の手を、天使が取った。
あっという間もなく、天使が飛び立つ。悪魔も一緒に、彼方の上空へ一気に連れ出された。
「座標が動かなければ、大丈夫なんですよね」
微笑みながら、天使は言った。
悪魔はハッとした。
悪魔が厳重に見張られる理由は、人間を悪き道に誘惑しないようにするため。したがって、上下の移動は禁止されていない。人のいない『空』という空間へ飛び立つ自由は、初めから許されていた。
「ほら、見てください。夜明けですよ」
手を繋いだまま、天使が言う。
その、ヨーグルトみたいに白い彼女の肌が、ふいに淡くいちご色に色付いた。
月光ではない。日光だった。
地平線の黒い影に、燃える円環の縁が顔を出す。見る間に赤色は広がり、世界全体を明るい朝に染めてゆく。
「綺麗……」
思わず悪魔は言った。
天使は嬉しそうに笑いながら、頷いた。
迷子天使を巡る捜索隊は、まだ姿を見せない。
もうしばらくだけ。
二人は手を繋いだまま、昇る太陽を見下ろしていたのだった。
(完)
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