プロローグ

1/1
前へ
/3ページ
次へ

プロローグ

 放課後、いつものように公園で話していると、突然彼女が無口になった。  まずい。これは彼女が爆発する前兆。そうならないように、とりあえずなだめるしかない。それが効果あったことはほとんどなかったけど。  「映山紅(つつじ)さん、落ち着いて。今は何を悲しんでいるの?」  「ボクが汚れていることをだ。夏梅(なつめ)だって本当は心の中で、こんな汚れた女は適当に遊んでから捨ててやればいいってどうせ思ってるんだろう?」  「遊んでから捨ててやるなんて思ってないよ。もっと言えば、君がもうそういうことを経験してるからって汚れてるとも思ってない」  「性欲解消したいだけの男に好きだと言われてコロッと騙されて、性欲解消のおもちゃにされたボクが汚れてないというのか?」  「いつもそう言ってるじゃないか。汚れてると思ったらつきあってない」  「信用できるか! 男はみんな嘘つきだ!」  「男がみんな嘘つきでも、僕だけは嘘つきじゃない」  彼女はようやく沈黙した。どうやら怒りは収まったようだ。でもそれで安心してはいけない。  「うれしいこと言ってくれるじゃないか。童貞のくせに」  ほら。  汚れてると言えばさらに発狂し、そうかといって汚れてないと言えば傷つけられる。どう答えるのが正解なのだろう? つきあいだして三ヶ月になるが、いまだに分からない。  「つまり夏梅はボクを汚れてないと思っているというより、ボクのことが好きだから汚れているとは思いたくない、ということなのだと思うぞ」  「そうかもしれないけど、どっちにしても君を汚れてるとは思ってないわけだから、小さい問題なんじゃない?」  「いや、大問題だ。夏梅がボクを好きでなくなったらボクは死ぬしかない」  すぐに死ぬ死ぬと言い出すのが彼女の悪い癖。本気で死ぬ気はないんでしょと一度言い返したら、目の前で手首をナイフでスパッと切られた。返答には細心の注意が必要だ。  「そういう映山紅さんはどうなの? いつも僕ばかり好き好き言わせて、君は全然言ってくれないよね?」  「分からない」  「分からない? 僕を好きかどうか分からないということ?」  「夏梅のことが好きかどうか分からないが、さっきも言ったとおり夏梅に見捨てられたらボクは死ぬしかない」  「それって別に僕じゃなくてもいいんじゃ――」  「それは違う! ボクは男が嫌いだ。夏梅じゃないとダメなんだ」  男は嫌いだけど、僕ならいい。つまり僕は男として見られてない、ということだろうか? そうだとしたら、僕が彼女に性的な行為をするのはアウトなのだろう。実際、僕らはまだキスから先に進めていない。  「言ってて恥ずかしくなった。少し歩くぞ」  「いいけど……」  彼女は自分から手をつないできた。手をつないだことはいくらでもあるけど、それだって僕から求めるのはアウトだ。どこまでがセーフで、どこからがアウトなのか。それは考えるだけムダだ。彼女の思考は彼女にしか理解できない。  どうして彼女を好きになってしまったのだろう? ときどきそう自問自答することがある。  確かに見た目はかわいい。でもメンヘラでちょっとしたことで傷つくし、すぐに発狂して暴れだすし、それでいて僕のことは平気で傷つけてくるし、僕と違って経験済みだし、僕を好きだとも言ってくれない。条件で言えば、彼女より条件の悪い女子なんてほとんどいないだろう。  僕の自問自答は当分続くことになりそうだ。
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加