セカンドハウス

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眠い目をこすってテキストと向き合う。カイトは今、絶賛自宅浪人中。一回目の大学受験では、センター試験で第一志望の足切りをくらってしまったのだ。 性格的に集団の中で勉強するよりも一人マイペースに進める方が性に合っていたから、予備校不要の宅浪である。受験に失敗した上に余計なお金をかけるのも忍びなかったので、不幸中の幸いレベルには親孝行したいという意図もあった。 「足切りをくらったのは音楽のやりすぎのせいだろ。つまらない連中と付き合うのはもうやめておけ」 父親から嫌みのように言われ続けた。そんな言い方になってしまう気持ちもわからなくはなかったが、カイトは"また親の戯言が始まった"とあからさまに反抗はせずとも、そっと一定の距離を置く。仲間のことを悪く言う奴はいくら親でも許せなかった。そしてストリートライブをするという青春ルーティーンを捨てないのは密かな反抗心もあったのかもしれない。 高校三年生の夏、受験シーズン真っ只中――仲間たち四人と一緒に始めた地元駅前でのストリートライブ。アコースティックギターを背負いみんなと自転車で地元の永遠湖を一周したことも、ライブへの情熱に拍車をかけた。それは五人とも無一文で出発し、各駅でストリートライブをしながら日銭を稼ぎつつ、二泊三日かけて一周するという旅だった。受験シーズン中にストリートライブを始めるのは世間的に見れば常識外れだったかもしれない。でも例え受験に失敗しようが何をしようが、ほとばしる音楽への情熱を抑えることなんてできるわけがなかった。実際に受験には失敗してしまったわけだが、後悔は微塵もなかった。   カイトは浪人生活とストリートライブの二刀流生活を維持できると思っていた。意地でも維持してやろうと、そう思っていた。それでもそのハードルは思った以上に高くて、夏を迎える頃には限界音のハウリングを止めることはできなくなってしまっていた。 目指す大学はそれなりの難関大学だったため、そんじょそこらの勉強ではとても足りない。朝から晩まで勉強漬けの日々。そんな状況でストリートライブをするには心がついていかなかった。勉強のやりすぎでテンションが上がらないのか、歌っていてもどこか空回りしてしまう。それに加え、他の仲間たちとの境遇の違いにも複雑な心境を抱くという悪循環。彼らはみんな高卒として社会人になるから、カイトとはまた立場が違う。「みんなは自由でいいよな……」そういう思いがどうしても頭をもたげてしまう。そしてカイトは少しずつ歌を楽しめなくなっていく。 そして不遇は重なる。昨年夏の永遠湖一周がきっかけで付き合い出したミウとも別れ話が浮上(彼女は幼なじみで永遠湖一周の発案者だった)。彼女は大学生になり地元を離れてしまっていた。遠距離恋愛の性なのか、少しずつ開いていく心の距離は、もう埋めようがなかった。 『彼女ともストリートライブとも、一旦距離を置くしかないか……』受験生にとって勝負の季節、夏が来る頃には心を鬼にして受験一本に絞る決断を迫られた。カイトは他のメンバーにストリートライブの離脱を告げる。三国、ミズ、シゲ、タクトの四人はカイトの立場を慮ってくれ、「毎週のストリートライブは俺らが続けてるから、カイトはいつでも帰ってくればいい。それまで受験頑張ってな!」そう言ってエールを送ってくれた。   受験一本に絞ってはみたものの、何度かスランプがやってきて勉強に集中できない。そういう時は息抜きに曲作りをするのがカイトのスタイルだった。こうしてミウのことを想った失恋ソングや受験勉強を頑張るために自分を鼓舞するエールソングが書き溜められていく。ストリートライブは自粛するも、ステイホームの音楽活動は続けられたのだ。そのおかげでスランプを乗り切ることができたと言っても過言ではなかった。 まさに自分との戦いだった。   清々しい青葉に山が滴っても、紅葉に山が(よそお)っても、引きこもり生活のカイトにとっては冬の期間が異常に長く感じられる、そんな年だった。 ※   季節は巡り、三月後半のこと。カイトは数ヶ月ぶりにギターを背負い駅に向かう。駅に近づくと、仲間たちの"演奏音"が聞こえてくる。 「ただいまー!!」 「おー来たか!!おせーよ、カイト……おかえりっ!」 「前期試験が不合格でさ。でも後期でなんとか第一志望に滑り込めた」 「おめでとー!!」 シズ、シゲ、タクト、みんなが祝福してくれる。 やっぱりここはカイトのとって”第二の家”みたいなものだ。   「久々に二人のオリジナルでも歌うか」 三国のオーダーはカイトの期待通りで、思わず顔がほころぶ。 「おー!準備するからちょっと待って。勉強のしすぎで歌詞を忘れてしまってるかも」とか言いながら、ステイホームでギターを片手に時々口ずさんでいたので忘れるわけがなかった。 駅前にある桜の木がちょうど満開の花を咲かせ、彼らの頬までピンクに染まって見える。 大学は実家から通う予定なので、まだまだみんなとのストリートライブは続けられそうだ。ミウにも連絡を取ってみよう。『受験が終わるまでは連絡を取らない』と突っぱねたままそれっきりになっていた。新しい彼氏でもできて、もう戻ってきてはくれないかもしれないけれど……。 浪人生活のブランクを取り戻すべく、カイトの青春第二ステージは歌と共に回転をし始めた。
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