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 クリスマスイブの夜、父からメールがあった。年末は帰省するのかと短く問う内容だった。それが帰って来いという意味なのか、わざわざ帰ってこなくてもいい、という意味なのかが読めず、俺の脳はまた無益な推測を始める。だがすぐにそんな自分に気付いて乾いた笑いをこぼした。こんなことにうんざりしてあの家から逃げて来たんじゃないのか。  俺は「帰れない」と打ち、それからすぐそれを消すと「帰らない」と打ち直して返信した。  スマホをテーブルに置き、ソファの背にもたれて目を閉じた。ふとあいつは年末年始をどう過ごすのだろうかと考えた。  大晦日に年越しそばを一緒に食べる人はいるのだろうか。新年におめでとうと言い合える人はいるのだろうか。  食事はちゃんとしているだろうか。  眠る部屋は寒くないだろうか。  今もあのベンチで、独り本を読んでいるのだろうか。  そういえば、と俺は思い出す。彼はいつもあのベンチで俺の右側に座っていた。  フードコートで向かい合ってラーメンを食べた時も、彼は右を向いて外を見ていたのだった。  右の額に隠された過去の傷跡を、彼はきっと俺に見せたくなかったのだ。なのに彼が独りで必死に守ってきたものを、俺は不用意に暴いてしまった。  俺は立ち上がりキッチンの窓を開け、シンクの脇に置かれたままの煙草とライターを手に取った。冷たい夜風を顔に受けながら、カチリとライターの火をつけ俺は小さく震える炎を見つめる。吸ってもいない煙草の味が、苦く口の中に広がるようだった。  俺はライターの火を消すと、まだ中身がほとんど減っていない煙草のパッケージを握りつぶし、ゴミ箱に捨てた。
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