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その翌日、俺はバイトのために駅へと向かった。年末で人が足りないとのことで、土曜ではなく初めて金曜日のシフトに入った。これが年内最後のバイトだ。
両手を上着のポケットに入れて、枯れ葉が転がる寒々しい冬の道を俯きがちに歩く。
午後七時を少し過ぎた頃、俺は横浜行きの各駅停車に乗りこんだ。年末のせいか、乗客は多い。俺は窓の方を向いて立ち、無意識に呼吸を浅くした。
定刻どおりに電車は走り出した。ホームを過ぎるとすぐに、平行に流れるあの川が見えてくる。けれどもう外は闇に覆われていてその流れは見えない。
と、その時、俺の目が一つの光を捉えた。
それは川辺にポツンと点る小さな乳白色の光だった。俺は思わず窓ガラスに両手をつき、顔をつけた。あっという間に遠ざかってゆく光をぎりぎりまで目で追う。ドキン、ドキン、と胸が鳴り続ける。苦しくて、目の奥が熱いのか痛いのか分からない。
俺なんかの笑った顔が見たかったのか?
こんな空っぽで、臆病で、偽りばかり重ねてきた顔を。
俺は強く目を閉じた。光の残像が尾を引く。
もしあの光が、この世界から永遠に消滅したとしたら――。
想像して俺は小さく身を震わせた。
目を開いて俺は暗い車窓の鏡に向かい、ぎこちなく笑顔を作ってみる。
そしておそるおそる自分の感情を探った。嫌悪はなかった。俺はそのことに安堵した。
再び目を閉じて、光の残像を追った。
澄んだ冬の川辺に、無口な光は凜然と輝く。
あの星がいま何を思っているのか、茫漠とした宇宙の中でただひとり、この俺だけが知っているのだ。
【了】
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