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一通りアブ禁の説明と自己紹介が終わると、話題はそれぞれの趣味や好きなタイプなど、定番の話に移っていった。
俺はもっぱら聞き役だ。何か訊かれても、なるべくミズタたちに注目が戻るようにさりげなく話題を振る。
イタリアンの店なので脂っこい肉や、俺の苦手なガーリックが使われている料理が多い。なので俺はサラダやクリーム系のパスタなどをちまちま食べながら適当に相槌を打つ。
いつの間にか俺の横に移動していた女の子が、ハート型チャームのついたブレスレットをいじりながら、アニメキャラみたいな声ではしゃいでいる。さりげなく胸を強調するピンクのニットや、よく手入れされた長い髪などは好感度があると言えなくもないが、それよりも俺は彼女のオーバーアクションにさっきから苛立ちを感じ始めていた。真横で前後左右に身体を揺らされるとひどく煩わしい。
酔って眠くなってくると女の子たちの高い声や香水の匂い、隣のテーブルで間欠泉のように沸き起こる歓声などがいちいち俺の神経に障った。煙草が吸いたくなったが全席禁煙なので外に行かなければならない。どうしようかと迷っていると、
「中村さんてー、好き嫌い多い人ですかあ」
隣の女の子がチャームをいじりながら唐突に訊いてきた。
「え、なんで」
「だって」
彼女の目が俺の小皿に注がれる。そこには細切りの生玉ねぎやら肉の欠片、パセリなどのハーブがよけて置かれている。俺は恥ずかしくなって、けれどそれを悟られるのも嫌で、ことさら明るく笑って見せた。
「俺ってデリケートだからお腹とかとっても弱いの」
やだーと彼女は笑い、俺の腕にしなだれかかってくる。
「え、じゃあ自炊とかするんですか」
「するよ、大したもんはできないけど」
「えー、すごーい」
何が凄いのか分からないが、適当に話を合わせる。
「得意料理ってなんですか」
「なんだろ、RTKGとかかな」
「え、なんですかそれ」
「ロイヤル卵かけご飯」
そう言って彼女をケタケタと笑わせながら、俺は彼女の湿っぽい体温を鬱陶しく思い始めていた。グラスに手を伸ばし、さりげなく彼女から身体を離す。
「なんかー中村さんて清潔感ありますよねー」
「え、そうかな」
「うん、シャツとかもパリッとしてるし、食べ方も上品だし」
「でも残してるよ」
「残してるけど、綺麗に並べてあるし」
言われて自分が無意識に食べ残しを皿の縁に沿って見苦しくないように並べていたことに気付く。今度は恥ずかしいと思うより、観察されていることに不快感を覚えた。
「なんか部屋とかも綺麗そう」
あ、嫌な流れだな、と俺は思う。
この子はきっと次にこう訊くのだろう。
――中村さんてA型ですかあ?
果たして彼女は一言一句違えずその問いを発した。俺は内心ため息をついた。俺は血液型の話が好きじゃないのだ。元々詮索されるのが好きじゃないし、分析されるのはもっと苦手だ。それに今どき血液型占いとかないよな、と思う。
「うーん、俺よく分かんないんだよね。そういえば今ってブラハラっていうのもあるらしいよ」
「え、なんですかそれ」
「セクハラとかパワハラとか今ってなんでもハラスメントじゃん? で、なんか血液型訊くのもハラスメントになっちゃうんだって」
「へーそうなんだ。なんか色々めんどくさいですよねー今の時代って」
俺は頬だけで笑って見せ、
「ちなみにブラハラは何の略語でしょうか! 代表!」
俺は救世主ミズタにパスを送る。ミズタがボロネーゼを慌てて吸い込みながら、自信満々に「ブラッドタイプハラスメントね!」と答えると、場がさらに盛り上がった。俺は内心ミズタに手を合わせながら、早く帰りたいとそればかり思っていた。
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