今夜一晩ずっと君を

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 子ウサギの太郎はしょんぼりと肩を落として家へと帰ってきました。灰色の小さな体が、ますます小さく見えます。ちょうど夕方の空気を吸いにお隣のユメおばあさんが出てきて、太郎に声をかけます。ユメおばあさんは柴犬で、太郎が赤ちゃんの頃からお隣に住んでいるのです。 「太郎ちゃん、どうしたの。うさぎたちだけ急に長老に集められたみたいだけど。何かあった?」  太郎はぴたりと足を留めて、小さくうなずきます。 「もうすぐうさぎにとって大事な大会があるから、そのことで」  ささやくように言った太郎に、ユメおばあさんは「ああ!」と気づきます。 「年に一度、一番優れたうさぎを選ぶ大会のことだね。そうか、もう九月ーー。そんな季節なんだねえ」 「そう。力自慢で、姿の美しいうさぎが優勝するんだ」  太郎とユメおばあさんが暮らしているのは、動物たちだけがいる世界です。ここは人間たちのいる世界とは近くて遠いところですが、同じように太陽と月が空を渡り、ゆっくりと季節が巡ります。太郎とユメおばあさんは以前は人間と暮らしていましたが、こちらに移ってきたのです。  夕暮れの陽射しがまぶしくて、太郎はちょっと目を細めます。 「僕、今年はどうしても優勝したいんだ」  その言葉の力強さに、ユメおばあさんは「どうして?」と首をひねりました。いつもの太郎はとても大人しくて、こんな風にきっぱりと物を言うことはないからです。 「優勝すると、一晩大きな舞台でみんなに自分を見てもらえる」  太郎は言いました。 「そうしたら、ヨウタくんに僕を見てもらえるかもしれないから。今年は絶対にヨウタくんに僕が元気にしているところを見てほしいんだ」  ヨウタは太郎の元の飼い主で、一番のお友達。小学三年生の男の子です。ユメおばあさんもヨウタのことはよく知っていて、「そういうことね」と大きくうなずきます。  しかし、太郎は「でも」とうつむきました。 「うさぎの仲間たちが、僕は絶対に優勝できないって。チビで弱虫だからって。ーーだからユメおばあさん、お願いがあるんだけど」  目をしばたいたユメおばあさんに、太郎は続けます。 「大会で優勝できるように、僕をきたえてくれないかな。僕、どうしても舞台に上がってヨウタくんに見てもらいたいんだ」
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