期待

20/27
前へ
/265ページ
次へ
「それから、申し訳ございません。うるさい母で」 「いいえ。おかげで退屈しませんでした」 「人の話を聞かないですよね」 「9割音羽さんの話でした」 「申し訳ございません……!」 「だから、迷惑じゃないって。さっきも説明したけれど俺自身も楽しかったし、この件はあまり気にしなくていいですよ」 ゆっくりと起き上がった片桐さんは姿勢を崩す。ベッドに寝そべるだけではなく、佇むだけで絵になる。その上、優しい声で鼓膜を撫でられ、昂った感情がエラーを起こしかける。 私のことに興味がなく、冷たくて、たまに意地悪なリアリスト。 彼を構成していたものが崩れていく。もちろん、良い方にだ。しかし、最近の片桐さんは色々と困る。 「お義母さん、ずっと嬉しそうな顔でしたよ」 そうなんだ……。 嬉しさ余って羞恥が。さらに追い込むように、心苦しさが押し寄せた。私が犬であれば、耳としっぽがやる気をなくしてだらりと下を向いていただろう。 「……あ……た、対して面白くもない話に付き合わせてしまって……申し訳ないです……」 しょぼんと項垂れていれば、片桐さんは私に向かって手を伸ばした。 びくり、身動ぎすると、片桐さんの手はゆっくりと私の頭を撫でた。いつかしてくれたように。私をあやすように。 「あっという間でしたよ。クリスマスには母親の欲しいものを強請り、七夕も母親のことを祈ってくれる娘だったと、自慢されてました」 「……く、苦労をかけてきましたので……」 ガッカリさせたり、つまらないものだったと決めつけていたのに。片桐さんは私の家族を肯定してくれるから、思わず泣きそうになった。 「結婚式、挙げた方がよかった?」 片桐さんの涼しげな瞳が申し訳なさそうに伏せられた。
/265ページ

最初のコメントを投稿しよう!

804人が本棚に入れています
本棚に追加