Prolog

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「うお、おまえまだ残ってたの?」 チン、と音が鳴ったと思えば、驚いた声が続いた。見知った先輩に、どきり、冷や汗をかく。 「はい!でも、直ぐに帰ります、今すぐ帰ります!篁たかむらさんもお疲れ様です!」 コミュ力おばけとの会話は今の私にとってはかなりハードだ。体力が地を這う程度しかない今の私では少々分が悪い。いや、かなり悪い。 なのですぐに退散を決める。願わくば最短の会話で終わらせたい所存である。 「俺は残業じゃなくて、ちょっと飲みにいってて、忘れ物を取りに帰ってきただけ」 「あ、そうなんですね!お疲れ様です!」 「うん、お疲れお疲れ」 こういう場ではお疲れ様を言っておけばとりあえず会話は成り立つ、と、思いたい私はさっさとやり過ごしてエレベーターに乗り込んだ。 ミッション、コンプリー、 上機嫌になっていれば「てかさ」と上昇するエレベーターに乗っていたはずの篁さんは何故か下降するエレベーターに居座り続けてしまった。忘れ物を取りに戻ったのではないのか、不可解である。 「よく残業してるけど、家のこと平気なの?」 願いは虚しく、続けられてしまった会話。 「はい!家を出る前にある程度済ませてますし今のところ支障はきたしていないので平気です!」 心臓が汗をかく。つらい。早く帰りたい。 しかしこれも全て、仕事を捌けない私のせいである。やり場のない些細な悲しみを拳で握りつぶし、笑顔を作る。
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