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──そんな風に思わないで欲しい。
確かに、おかしなことに巻き込まれてしまったけれど、提示された取捨選択をしたのは紛れもなく私で、私を助けてくれたのもまた片桐さんなのだ。
「気にされないでください。片桐さんは、本当にお好きな方と結婚された時に盛大に挙げてください。私のことは、台風か嵐に見舞われたと思って!」
両手で拳を握りしめて声を大にして言うと、片桐さんはふわっと軽い息を口から吐き出し、「台風って」堪えきれないと言ったように破顔した。
「(わ、めずらしい……)」
月明かりが屈託のない笑顔を教えてくれた。
うっすら浮いた涙袋、柔らかく弧を描くくちびる。見覚えはもちろんないけれど、しっかりと表情に馴染んでいた。
普通に笑うことも出来る人なのだと、当たり前を確認する。見蕩れていたことも同時に把握してしまい、頬の微熱が再燃したことを知る。
「……、あ、今日のお礼もお伝えできたことですし……そろそろ、寝ましょうか……」
逃げ回っても稼げるのは時間しかなく、同じベッドで寝る運命の避難経路は見つからない。
観念して横になろうとするけれど、なぜか片桐さんは姿勢を崩さない。──不安だ。
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