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しかも、先程のやわらかだった表情はどこへ行ってしまったのか。
「あのさ。前言ったと思うけれど、さなは簡単なことに都度感謝をしすぎ。趣味なの?」
片桐さんは既に、いつもの冷たい空気を肩付近に纏っていた。
確かに、自分の不手際を謝りすぎて周囲の空気を悪くし、苛立たれていた過去もある。……私はまた失敗したらしい。
「で、でも、じゃあ、どう伝えればいいか分からないです」
焦って、急くように言い寄る。すると片桐さんは表情の緊張を解き、にこりと上辺だけで微笑んだ。
「今後はありがとうのハグひとつで良いですよ」
──………ハグ?
さらに彼は難読な暗号を私に寄越すので、頭上にクエスチョンマークがいくつも並ぶ。簡単な二文字を読み解くことが難しい。
「顔がくしゃっとした犬ですか?」
「それはパグ」
「深刻なエラーが発生しました」
「それはバグ」
「……ハグって、ハグのこと、ですか?」
確認すると、片桐さんは「そう」とすぐに頷く。すみませんけれど、もう夢でも見ていらっしゃるのではと疑いたくなる。
──だって、ハグなんて、出来るはず……!
「お礼が趣味のさなからすると、破格だと思うけど。感謝と謝罪のハグだけで良いんだよ?」
「え!?増えましたよね!?なぜ増やしたんですか!?」
「感謝の倍は謝られている気がするから。正直、聞き飽きたんですよね」
「(そうだけど、そうだけど……!)」
なぜ、こんなにも困難なことを彼はあっさりと言うのだろう。
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