期待

23/27
前へ
/265ページ
次へ
一人狼狽えている私に向かって、片桐さんは私に向かって手を広げる。余力のある笑顔を口元に残して。 「ほら、さっき言ったろ?……諦めろ」 ああ、そうだ。人生諦めが肝心とは言うけれど。 ──彼の手を取った時点で、私は諦めるべきだったのだ。 片桐さんは頭が良く、それでいてとても意地悪な人だ。私が出来ないと知って、ハグを指定したのだ。 私が謝罪を飲み込むように。 ──隅の方へ、逃げないように。 「では、今日の分……し、失礼します……」 おそるおそる近寄る。 これはおねぎ、これはおねぎ、これはおねぎ……! おねぎを犠牲にすると、幾分か気が紛れた。思い切って彼の胸に飛び込む。額に胸板がぶつかる。華奢な人だけどやはり男の人で、案外逞しい胸板だった。 ふわりと爽やかな香りが漂って、カラダ全部が沸騰しそうになった。 手をどこにやれば正解なのか、経験値の乏しい私は分からなくて、脇をちょこんと掴んでみる。 「……なにこれ。頭突きされてんの、俺」 「ち、ちがいます!ハグ、です!」 「違うでしょう。ハグっていうのは、こう……」 「っ!?」 片桐さんは私の背中に腕を回すと両方の腕で抱き留め、その拍子にベッドに寝転んだ。拘束されている私も当然、ベッドになだれ込む。
/265ページ

最初のコメントを投稿しよう!

810人が本棚に入れています
本棚に追加