1人が本棚に入れています
本棚に追加
「そういえば、荷物はどうしたの?」
シャワーを浴びて着替えを終えた僕が食卓に着くと、向かいに座る千穂が開口一番にそう問うてきた。
僕は内心で思いっきり焦る。人間の姿になったことについ舞い上がり、そのまま駆け出して来てしまったことを、今さらながら後悔した。
「あー……、その……、送ったんだ。重かったし」
「え、全部?」
「そう、全部」
苦しい言い訳かもしれない。
けれど、今の僕にはこれが精一杯だった。
押し黙ってしまった僕に、千穂は「ふーん、そっか」と、大した興味もなさそうに会話を終えてくれた。僕はほっと胸をなで下ろしながら、これ以上この話題が続かないようにと、話の方向を逸らすことにする。
「そういえば僕がいない間、千穂は何をしていたの?」
これは佐山秋彦の記憶を必死に巡らせて出した質問だった。彼だったらきっと今この場でならこう言う。僕は佐山秋彦にならなければならない。少なくとも彼の想いをきちんと彼女に届けるまでは。
「よくぞ聞いてくれました!」
その言葉を待ってましたとばかりに、千穂は一度椅子に座りかけていたところで立ち上がった。
「時間があると分かったら、つい挑戦したくなっちゃってね」
そう言って千穂はキッチンの方へ向かう。しばらくすると、両手で大きな皿を抱えて戻ってきた。
「いっぱい作ったから遠慮せずに食べてね」
千穂がテーブルの真ん中へと大皿を乗せる。僕は目を丸くした。大皿には山盛りの肉料理が積まれていた。
「こんなに、どうしたの?」
「スーパーでどどーんとお肉の塊が安売りしてたのを見付けちゃったら、こう、料理好きの魂に火が付いちゃって」
彼女はどことなく誇らしげに経緯を語る。皿には大量の豚の角煮というらしい、料理が盛られていた。僕は今まで食事なんて一切摂ったことがないから、この量がどうすごいのかよく分からない。
けれど、佐山秋彦の食欲が、これはちょっと多過ぎやしないかと、僕に訴えている。
「ほら、さっそく食べてみてよ。味見はしたから、絶対美味しいと思うよ」
「わあ、ありがとう……」
僕は半ば強制的に角煮を数個小皿に取り分けられ、器に盛られたご飯と一緒に目の前に並べられる。僕は箸をとった。問題なく箸を動かせることを確かめてから、ずっしりと重い厚切りのお肉を箸で掴み、いったんご飯の上に乗せてから口に運ぶ。
「……っ! おいしい!」
「でしょ」
「うん、すごくおいしいよ。いくらでも食べれそうだ」
「まだまだおかわりあるよ」
そう言った千穂が嬉しそうに笑う。僕は初めて食べた角煮の味と、千穂の笑顔のおかげで、お腹も胸もあたたかなもので膨れ上がった。
「やっぱり食べてくれる人がいるっていいなぁ」
角煮を頬張りながら聞こえた千穂の言葉に、僕はドキリとした。
「秋彦くんがいない間は一人だったからさ。ご飯は誰かと一緒に食べると、それだけで美味しいもの」
僕の正面に座る千穂は、本当に幸せそうに僕の──、佐山秋彦の食べる様子を眺めている。
そうして僕は、とても重要なことに気付く。
もし佐山秋彦の想いを千穂に告げてしまったら、千穂はひとりぼっちになってしまうのだ、と。
最初のコメントを投稿しよう!