やまびこさん

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「そういえば、荷物はどうしたの?」  シャワーを浴びて着替えを終えた僕が食卓に着くと、向かいに座る千穂が開口一番にそう問うてきた。  僕は内心で思いっきり焦る。人間の姿になったことについ舞い上がり、そのまま駆け出して来てしまったことを、今さらながら後悔した。 「あー……、その……、送ったんだ。重かったし」 「え、全部?」 「そう、全部」  苦しい言い訳かもしれない。  けれど、今の僕にはこれが精一杯だった。  押し黙ってしまった僕に、千穂は「ふーん、そっか」と、大した興味もなさそうに会話を終えてくれた。僕はほっと胸をなで下ろしながら、これ以上この話題が続かないようにと、話の方向を逸らすことにする。 「そういえば僕がいない間、千穂は何をしていたの?」  これは佐山秋彦の記憶を必死に巡らせて出した質問だった。彼だったらきっと今この場でならこう言う。僕は佐山秋彦にならなければならない。少なくとも彼の想いをきちんと彼女に届けるまでは。 「よくぞ聞いてくれました!」  その言葉を待ってましたとばかりに、千穂は一度椅子に座りかけていたところで立ち上がった。 「時間があると分かったら、つい挑戦したくなっちゃってね」  そう言って千穂はキッチンの方へ向かう。しばらくすると、両手で大きな皿を抱えて戻ってきた。 「いっぱい作ったから遠慮せずに食べてね」  千穂がテーブルの真ん中へと大皿を乗せる。僕は目を丸くした。大皿には山盛りの肉料理が積まれていた。 「こんなに、どうしたの?」 「スーパーでどどーんとお肉の塊が安売りしてたのを見付けちゃったら、こう、料理好きの魂に火が付いちゃって」  彼女はどことなく誇らしげに経緯を語る。皿には大量の豚の角煮というらしい、料理が盛られていた。僕は今まで食事なんて一切摂ったことがないから、この量がどうすごいのかよく分からない。  けれど、佐山秋彦の食欲が、これはちょっと多過ぎやしないかと、僕に訴えている。 「ほら、さっそく食べてみてよ。味見はしたから、絶対美味しいと思うよ」 「わあ、ありがとう……」  僕は半ば強制的に角煮を数個小皿に取り分けられ、器に盛られたご飯と一緒に目の前に並べられる。僕は箸をとった。問題なく箸を動かせることを確かめてから、ずっしりと重い厚切りのお肉を箸で掴み、いったんご飯の上に乗せてから口に運ぶ。 「……っ! おいしい!」 「でしょ」 「うん、すごくおいしいよ。いくらでも食べれそうだ」 「まだまだおかわりあるよ」  そう言った千穂が嬉しそうに笑う。僕は初めて食べた角煮の味と、千穂の笑顔のおかげで、お腹も胸もあたたかなもので膨れ上がった。 「やっぱり食べてくれる人がいるっていいなぁ」  角煮を頬張りながら聞こえた千穂の言葉に、僕はドキリとした。 「秋彦くんがいない間は一人だったからさ。ご飯は誰かと一緒に食べると、それだけで美味しいもの」  僕の正面に座る千穂は、本当に幸せそうに僕の──、佐山秋彦の食べる様子を眺めている。  そうして僕は、とても重要なことに気付く。  もし佐山秋彦の想いを千穂に告げてしまったら、千穂はひとりぼっちになってしまうのだ、と。
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