IV

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 治子は自分のピンクの髪に、が似合うのを確信していた。だけど……と思う。自分が着るとせっかくのもやっぱりただのコスプレになってしまうのではないか。これが、アンティセプティック・チームの隊長小佐野美潮(みしお)だったらガチというか、妙な迫力が醸し出されてしまうのではないか……。  それを岡谷やマルセルに話すと岡谷は笑った。マルセルはやはり複雑そうな表情をしている。  廃墟は、日本とはだいぶ感覚がちがうのだろう。数年単位で朽ちた場所、などというのではなく、どこも十年以上は軽く経ったような場所ばかりだった。  廃ビルや廃工場、そして朽ちてしまったホテルや娼館……。  かつてはそうやって媚態をつくっていた娼婦のように、治子は娼館の廃墟の椅子に腰掛け、足を組んでカメラに向かって婀娜(あだ)っぽい表情を作った。  長いブーツと、乗馬ズボン(ジョッパーズ)が安いレプリカとは異なる本物の魅力を発揮していた。  治子の微妙な首や視線の向き、細やかな表情のちがいも撮り漏らさぬように、岡谷はカメラのドライブモードを連写にして撮り続ける。  この娼館の廃墟での撮影が、一応はの撮影の最後であった。  岡谷にとってもこれで一番の売り物、の撮影は終わりなので、必死になっているのだが、そのような表情を見せると治子の表情も硬くなってしまう……あくまでも、被写体を最良の状態にし続けねばならなかった。  ふいにレフ板を治子に向けていたマルセルのスマートフォンに電話がかかってきた。  D’accord(ダコール)(了解)と聞き取れたので岡谷はすぐに察した。治子のコスプレカレンダー、六月の写真に使うウエディングドレスの屋外撮影許可が下りたということを。
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