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 マルセルのシトロエンC3には来栖(くるす)治子(はるこ)、そして別の自動車に乗っているのは撮影のアシスタントを務める夜間飛行舎(エディシオン・ヴォル・ド・ニュイ)の編集者たちだった。  実際のところ、マルセルも治子のコスプレについて、どれから手をつけていいか迷っていた。すでに日本でも撮影の終わったデータもあるので一枚、つまり一月(ひとつき)ぶんの枠はウエディングドレスだけだった。残りはラバースーツと例のがそれぞれ四枚……四ヶ月ぶんずつ必要だった  ウエディングドレスの撮影からはじめようとしたのだが、教会ではどこからも断られていた。パリ郊外……といってもかなりの距離がある……ロワール地区の古城(シャトー)をバックに撮影することを決めたのだが、警察に撮影許可を申請してもなかなか許可がおりない。治子たちが到着する前に申請していたのだが。  「どうしよう……屋外での撮影はこのウエディングドレスしかないのに……すぐ警察から許可がおりるものとばかり……ごめんなさいね」  「ウエディングドレス姿もどこかの屋内やスタジオで撮影できませんか?」  と岡谷が提案した。  「わたしも屋外にこだわることはないかなって……」  治子が岡谷をフォローして言った。  「泊まっているホテル・バージナのなかはだめ?」  「うーん、それも……いいんだけど」  マルセルは困っていた。  「ねえ治子、本はお好き?」  「それほど読書家ではないけれど、好きです」  「本がお好きなら、ぜひ午前中のセーヌ左岸を案内したいし、できたらそこで撮影してもらいたいぐらいなの。それこそ、いま治子が着ているそのワンピース、それが映えると思うわ」  治子の私服は黒と青のバイカラーワンピースだった。青の地には、海星(ひとで)や深海魚がプリントされている。
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