V

2/4
前へ
/26ページ
次へ
 「えっ、わたしはとくになにも岡谷さんから言われてないんだけど……」  そう……とマルセルは前方に注意を払いながら治子に打ち明ける。  「あのとき、ちょっと困ったなって顔のわたしと目線が偶然合ったでしょ。の撮影のとき、廃工場のときかな……」  治子は思い出した。  「そっか、あのとき……! マルセルがなんだか困っているような表情をしたとき……かな?」  「やっぱり覚えている?」  ええ、と治子。  「最初に言っておくと、わたしは出版社に勤務しているプロだから、社長の決定についてなにも思っていないの。いや、そのつもりだったんだけど、やっぱりちょっとね……治子と目が合った瞬間、バレちゃったかなって」  治子はマルセルの言いたいことがなんとなくわかってきた。  「あのはやっぱりヤバい、そういうこと?」  「いいえ、そうじゃないの。いや、そうかしらね?……わたしは、母方がユダヤ系の血筋をひいているの。だからどうしても複雑な気持ちにはなってしまう」  そっか……と治子はマルセルの横顔を見つめながら、困惑気味に相槌を打った。  「あしたは、治子も岡谷さんもセーヌ左岸の古書店(ブーキニスト)街を見に行くんでしょ?」  「そうです、要人護衛のために一緒の輸送機でやってきたコットンキャンディ・チームもちょうど今日で任務終了、予定では帰り道でも目立ってはいけないってことで、かえって魔界ポータルで帰ったほうがいいようだし……」  帰りは楽でよかったわね、とマルセルは運転をしながら微笑んだ。
/26ページ

最初のコメントを投稿しよう!

13人が本棚に入れています
本棚に追加