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「えっ、わたしはとくになにも岡谷さんから言われてないんだけど……」
そう……とマルセルは前方に注意を払いながら治子に打ち明ける。
「あのとき、ちょっと困ったなって顔のわたしと目線が偶然合ったでしょ。黒服の撮影のとき、廃工場のときかな……」
治子は思い出した。
「そっか、あのとき……! マルセルがなんだか困っているような表情をしたとき……かな?」
「やっぱり覚えている?」
ええ、と治子。
「最初に言っておくと、わたしは出版社に勤務しているプロだから、社長の決定についてなにも思っていないの。いや、そのつもりだったんだけど、やっぱりちょっとね……治子と目が合った瞬間、バレちゃったかなって」
治子はマルセルの言いたいことがなんとなくわかってきた。
「あの黒服はやっぱりヤバい、そういうこと?」
「いいえ、そうじゃないの。いや、そうかしらね?……わたしは、母方がユダヤ系の血筋をひいているの。だからどうしても複雑な気持ちにはなってしまう」
そっか……と治子はマルセルの横顔を見つめながら、困惑気味に相槌を打った。
「あしたは、治子も岡谷さんもセーヌ左岸の古書店街を見に行くんでしょ?」
「そうです、要人護衛のために一緒の輸送機でやってきたコットンキャンディ・チームもちょうど今日で任務終了、予定では帰り道でも目立ってはいけないってことで、かえって魔界ポータルで帰ったほうがいいようだし……」
帰りは楽でよかったわね、とマルセルは運転をしながら微笑んだ。
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