13人が本棚に入れています
本棚に追加
しかし、治子はさっきのマルセルの口ぶりが気になってしかたなかった。
「パウル・ツェランの詩や、指揮者のオットー・クレンペラー……有名すぎるけれどもフランツ・カフカ……マルセルならご存知でしょ」
「ええ、みんな好きよ」
「わたしはパッと思いつくユダヤ人、ユダヤ系の人ってその三人しかいないんだけど、わたしも好きなんです。ツェランの言葉の無駄を徹底的に削いでいった詩も、遅めの厳格なテンポで楽曲の形式や構築性を強調するクレンペラーも。
それにカフカがいなかったら、わたしたちは悪夢を共有できるなんて思いもしなかったでしょう。
もしユダヤ人やユダヤ系の人物が絶滅させられていたら、わたしたちは詩や音楽、文学のたどり着く高みを味わえなかったかもしれない」
「歴史に『もしも』は厳禁だけれど、治子の言うように……そうなの」
最初のコメントを投稿しよう!