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 しかし、治子はさっきのマルセルの口ぶりが気になってしかたなかった。  「パウル・ツェランの詩や、指揮者のオットー・クレンペラー……有名すぎるけれどもフランツ・カフカ……マルセルならご存知でしょ」  「ええ、みんな好きよ」  「わたしはパッと思いつくユダヤ人、ユダヤ系の人ってその三人しかいないんだけど、わたしも好きなんです。ツェランの言葉の無駄を徹底的に()いでいった詩も、遅めの厳格なテンポで楽曲の形式や構築性を強調するクレンペラーも。  それにカフカがいなかったら、わたしたちは悪夢を共有できるなんて思いもしなかったでしょう。  もしユダヤ人やユダヤ系の人物が絶滅させられていたら、わたしたちは詩や音楽、文学のたどり着く高みを味わえなかったかもしれない」  「歴史に『もしも』は厳禁だけれど、治子の言うように……そうなの」
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