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「仕事よ、仕事」
と小佐野美潮隊長はその八月のカレンダー撮影時にいい切ったことがある。
こういうのがうけいいんだから……とセパレートの水着を着て四つん這いのポーズ、眼と口元はとろんした表情で振り向いている……。
普段の特殊部隊を率いている凛とした雰囲気からはほど遠い、あざとい写真も平気な小佐野隊長だった。
そうこうしているうちにマルセルの運転するシトロエンC3がホテルに着く。
「ごきげんよう!」
治子と岡谷は、マルセルに会うときも別れのときも使える、聖パルーシアの生徒や学生のあいさつをする。マルセルも窓を開いて、ごきげんよう、早く乗って──と。
書肆こむぎでは出せない、かといってフランスで出版されるのはもっと危険である、そんな治子のカレンダーの撮影任務だった。
マルセルはさわやかな朝の光の下だと、より快活に、そして麗しく見えた。
金髪かと思っていた彼女の髪は、金というよりはもっと渋い色、アッシュブラスだった。そんな髪を無造作に結いている。
「あの……」と治子はマルセルに質問した。
「どうしてまた、こんな欧州では禁忌のカレンダーを出すことになってしま……なったのかしら?」
さすがにいきなり敬語抜きはちょっと苦手だわ、と治子は思った。
「それがね」とマルセルが困ったような表情で答える。
「うちの社長が……とにかくユニークな地下出版でなにかを世に問いたい、って創業以来……といってもまだ起業して数年なんだけど……ずっと思ってたの。
たとえばね、ジョルジュ・バタイユが便所神の筆名で『眼球譚』を発表したり、アンドレ・ピエール・ド・マンディアルグが『閉ざされた城の中で語る英吉利人』をピエール・モリオンの筆名で発表したり……。
そこへどういうルートからかはわからないんだけど、アンティセプティック・チーム、治子のフェティッシュ・ファッション・カレンダーの話を知って、名乗りをあげたわけ……」
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