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上杉明日香と朝井悠馬の秘密データ
校舎三階の生徒会室に隣接する生徒会長室。教室と変わらない広さの部屋。大きな会長用のデスクとソファが用意されている。デスクには最新のPCとプリンター。そして大型テレビや冷蔵庫まで置かれている。もちろんエアコン完備。
そして今、黒薔薇カンパニーこと、黒薔薇財閥の後継者、そして王道高校生徒会長の黒薔薇アリスが、ソファに深くもたれて美しい脚を組んでいる。スカートの裾から見えるなめらかな曲線は、もしここに男子生徒がいたら、あまりの美しさとセクシーさに、きっと一瞬で失神してしまうだろう。
セミロングの髪にキラキラと光る大きな目、長く形のよい鼻に口、古今東西の有名な絵画から抜け出たような、洗練された美しさである。身長は一メートル九十センチ以上、頭のてっぺんから足の先まで、優雅な曲線を描いた美しいプロポーション、白く透き通った長い脚には、黒のハイソックスが絶妙に似合った。白と黒のコントラストが、見る者をうっとりとさせる。
まさしく完璧な美貌である。いつも見せる勝気な表情さえ、アリスの高貴さ、美しさを人々に印象させる結果となっている。
今、アリスはソファにもたれ、ゆっくりとセイロン・ティを味わっている。カップ一杯千円以上はする。
視線はPCのディスプレイ画面に向けられていた。
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■私立王道高校在校生徒データ(極秘)
○上杉明日香
二年特進クラス。
母親の上杉京香と中古マンションで二人暮らし。
詳しいことは不明だが、上杉明日香は母親と不倫関係の男性との間に生まれている。母親は近くのスーパーで働いているが、経済状況は厳しい模様。
定期テストの順位は一年よりずっと学年トップだが、学期ごとの定期テストで総合一位を確保しなければ学費免除を取り消される奨学システムを利用している。
性格は世界一悪質で美点はない。ほかの生徒からは概ね嫌われている。協調性がなく、自分勝手で陰気、短期な性格。気にいらないことがあると、一方的に相手を罵倒する。
友人は一年の朝井悠馬のみ。
○朝井悠馬
一年特進クラス。
祖母の石田麻衣子とコーポでふたり暮らし。
父親の朝井健次は三歳のとき、母親の麻子は悠馬が中学二年のときに亡くなっている。
父親の保険金と退縮金で暮らしているが、パート勤めをしていた母親の収入がなくなってから、経済状況は相当厳しい。祖母の麻衣子は翻訳の仕事をしているが、収入は一定していない模様。
定期テストの順位は一年より十位以内。
父親は高校の社会科教師で、ドイツ語が得意だった。『倫理』の授業で学ぶドイツの哲学者のニーチェやカント、ヘーゲル、キュルケゴール、経済学者のマルクスなどを詳しく調べていた。
朝井悠馬は、父親が残したメモを読んで勉強し、ニーチェをはじめ、高校の「倫理」に出てくるドイツの学者に詳しい。
性格は暗く陰気で協調性がなく、友人はひとりもいない。
また陰でこそこそ何かしている表裏のある人間と、女子を中心にささやかれている。
アルバイト禁止にも関わらず、小学生や中学生の家庭教師を務めているらしく、教え子の少女とトラブルになったと学内のSNSで噂が広がっている。
上杉明日香といつも一緒にいるので、恋人同士ではないかと噂されている。
「クラスカースト最底辺のみじめなカップル」と噂されている>
明日香も悠馬も、知らないうちに、自分たちの詳しいデータがつくられていることなんか、何も知らない。それにしてもずいぶん悪意に満ちた内容である。
アリスは正面に目を向ける。窓際にひとりの女子生徒が立ち、窓からじっと外を見つめている。
身長は一メートル八十センチ前後。ボブの髪型に少しつりあがった知的で厳しい目、その下には真一文字に結ばれた口。高貴で洗練された美しさのアリスに対し、知的な美しさである。つりあがった目が時々、怖いくらいにキラキラと光る。
アリスほどではないけれど、全身、美しいプロポーションで、細い脚を包む白のクルーソックスが、彼女の美しさに華を添えている。このクルーソックスが、冷酷さを感じさせる彼女の印象をプラスの方向に向けているのである。
王道高校生徒会副会長の美園花蘭。アリスの頼りになる補佐役である。
「花蘭」
窓の外を見つめていた花蘭が、アリスの方を振り返る。
「ニーチェのコンテストで、本当にふたりは動くの? 上杉明日香を破滅させられるの。だいたい財閥の後継者がサ、父親が誰かも分からない正体不明の粗大ゴミに負けるなんてひどい話じゃん。しかも陰キャラ、ボッチ! 成績以外、よいところ何もなし。何とかしてよ、ねえ」
「黒薔薇会長、答はこれだけです。間違いなく、ふたりは網にかかります」
「そっか。本音を言うとね。あなたは、私よりずっと頭いいんだろうと思ってる」
「会長、もう一度言ってください」
「いいよ。副会長ひとりの前で口にするくらい。ほかの生徒がいるところでは言わないけれど……。副会長の美園花蘭は私、黒薔薇アリスより優秀です」
「ワーッッ、気持ちいい。ファンタスティック! ありがとうございます。すみませんが、もう一回」
「いいけどサッ。わるいけど三回までね」
生徒会長室の壁には、季刊『国際経済(日本語版)』宣伝ポスターの見本が貼られている。世界中で愛読され、日本でも政財界関係者をはじめ、読者が多い。
<季刊国際経済日本語版
次号秋季号は、日本の黒薔薇財閥の後継者 黒薔薇アリスさんが登場
学年成績トップ 生徒会長を務める財閥後継者の素顔とは?>
えっ、学年成績トップ? それって事実と違うのでは……。
上杉明日香、朝井悠馬。何だか大変なことになりそう……。
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