悠馬は事務員の市川さんの年下の友だち

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悠馬は事務員の市川さんの年下の友だち

 悠馬は自分で作ったおにぎりを持って、旧校舎に向かった。途中、昼食を買うために校内の購買部に立ち寄り、ペッボトルの緑茶をカゴに入れた。緑茶には、玉露(ぎょくろ)が入っていて、悠馬は大ファンだった。  購買部には大きなポスターが貼られていた。 <女子薙刀部全国大会団体戦優勝記念『京文字明音(けいもんじあかね)顧問と薙刀部による八甲田大間流薙刀演技会(はっこうだおおまりゅうなぎなたえんぎかい)』   特別ゲスト 大池万里子東京都知事 吉村一弘大阪府知事   王道高校ホール 「S席完売……」「三階席僅か」>  相変わらずすごい人気だ。何といっても女子薙刀部は王道高校を代表するクラブである。 「朝井くん」  親しげに呼びかける声。学校事務員の市川和子(いちかわかずこ)さんだった。年齢は三十歳前後だろうか。グレイのカーディガンの制服に、黒のスカート。白のクルーソックス。ショートカットで、真面目で清楚な雰囲気が全身からオーラとして輝いている。 「市川さん、こんにちは。いつもお世話になっています」  悠馬は丁寧に挨拶した。以前、事務所を訪ねたときに、カウンターの奥で市川さんが、大切な書類が見当たらないとあわてていた。悠馬はそのとき、市川さんと一緒に書類を探し、最後は悠馬自身が見つけたのである。  一年特進クラスから提出された封書の裏に、なぜかテープのりがついており、書類と封書がくっついていた。悠馬は特進クラスの誰かが、わざとテープのりをつけておき、大事な書類にくっつくように、イヤガラセをしたのではと思った。市川さんは、態度の悪い生徒には厳しかったのである。  悠馬は松下が取り巻きの宇野や女子生徒と話しているのを聞いていた。 「あの事務員のババア、うざいんだよ。更年期障害じゃないか」 「ただの事務員のくせによ」 「オレの親父から学校に言ってクビにしてやろうか」    封書を提出したのは松下のはず。だがそれだけでは証拠にならない。  市川さんは、このことはふたりだけの秘密にしようと言った。それからは悠馬を見かけると、必ずニコニコ笑いかけてくれた。  このときもそうだった。 「そのカゴ貸してね」  市川さんは悠馬からカゴを取り上げ、自分がレジでお金を払ってくれた。 「市川さん、そんな……」 「いいの。おごらせてね」  市川さんが微笑む。悠馬は深々と頭を下げた。 「朝井くんはね。私の年下の友だちだから」  悠馬は胸をドキドキさせながら、もう一度頭を下げた。白のクルーソックスが、鮮やかに輝いてみえた。  旧校舎は新校舎の奥にあり、途中に小さな木立がある。悠馬が木立の外を通ったときである。 「ハイヤーッ」  女性の大声が聞こえた。悠馬は不思議に思って、木立に足を踏み入れていた。  
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