薙刀の美女

1/1
前へ
/64ページ
次へ

薙刀の美女

 ひとりの女性が二メートルはある薙刀(なぎなた)を構えていた。  薙刀。長い柄の先に()りのある刃がついた武器である。  相手を斬ったり、突いたり打撃を与えることの出来る強力な武器として、昔から合戦(かっせん)で使われていた。  現在では男女のスポーツとして人気があるが、特に女子の薙刀の人気は高い。  もちろん危険がないように練習や試合では「(めん)」「小手(こて)」「(どう)」「(すね)」に防具をつけるほか、薙刀の刃は本物の刃ではなく竹製で先端の切先(きっさき)の部分は「革たんぽ」と呼ばれる皮で覆われ、相手を傷つけないようにしている。  試合時間は三分間で有効とみなされた打突(だとつ)二本先取(せんしゅ)した方が勝ちとなる。   (女子薙刀部の顧問、京文字明音(けいもんじあかね)さんだ)  悠馬はすぐに気がついた。  京文字明音。青森県に幕末から伝わる「八甲田大間流」の師範である。東北は明治の頃から薙刀が盛んであり、『東北の風俗と文化』(甲斐太郎 羽賀書店)という本によると青森、福島を中心に一時は百を超える流派があったと伝えられる。  今も青森に残る「八甲田大間流」は、東北を代表する薙刀の流派として知られ、女性のみの門下生で組織されていた。あえて竹製の刃ではなく刃びきをした本物の刃を使用していた。  「八甲田大間流」の十七代目の師範である京文字あかねは、「八甲田大間流」を全国に広めるため、黒薔薇財閥の勧めもあり、二年前から王道高校に拠点を移すようになったのである。  昨年は「全国学生薙刀選手権女子の部」「日本薙刀選手権女子の部」で団体戦優勝を果たし、全国的に注目されていた。 「『八甲田大間流』は、日本から世界進出をめざします」  一ケ月前、明音へのインタビューが全国紙に掲載されていた。 (邪魔をしちゃいけない。休憩するまで動かないでいよう)  悠馬はスポーツが得意じゃない。だがスポーツをしている人への気配りは、スポーツ選手よりもしっかりしていた。直立不動で、明音の様子を見守っていた。  明音は薙刀の刃先を前方に向けた中断の構えをしている。  京文字あかね二十六歳。一メートル九十センチ以上のスラリとした長身。腰まである長い黒髪は、まるで宝石のようにキラキラ、ツヤツヤと輝いている。目は細長で左右ともつりあがっている。この目は一度、見たら忘れられないだろう。心を引きつけて離さない不思議な魅力が満ち溢れている。水晶のように透き通った白目の部分に、神秘の光を宿した黒い瞳。鼻筋は美しい曲線を描き、口の部分を白い布で包んでいた。顔の下半分を隠す独特のファッションが、明音に謎めいた魅力を加えていた。  もしもこの布をはずしたら、この世のものとは思えない美貌が、ミロのビーナスのように出現するのかもしれない。  (そで)襟元(えりもと)がパープルカラーの白い羽織(はおり)にパープルカラーの(はかま)。袴は太腿の根元を隠すだけの超ミニで、(すそ)のところがチャイナドレスのように分かれている。裾が揺れる度に、大理石の輝きの太腿の根元が美しく揺れた。  明音の三メートルほど前方には大きな樫の木が、青い空にそびえたっていた。  明音は中段に構えた薙刀を手にしたまま、樫の木を見上げる。 「ハイヤーッ」  薙刀が前方に突き出された。切先は、薙刀の一メートルほど手前で止まった。  耳をつん割くように無気味な風の音がした。風は悠馬の頬にあたった。  地面の土が煙をあげて舞った。  森の木々に止まっていた鳥たちがヒステリックに鳴きながら飛び去る。 「ハイヤーッ」  再び薙刀が前方に突き出された。切先は、薙刀の一メートルほど手前で止まった。  突風が吹き荒れ、悠馬は風に飛ばされそうになったが何とか踏みとどまった。音を立ててあかねの練習を邪魔をしてはいけない。  土煙が森の中に、連鎖していく。木々の枝が大きく揺れ、葉っぱが宙に舞う。  何十本もの枝が落下する。 「ハイヤーッ」  三たび、薙刀が前方に突き出される。  明音がすばやく後退した。    
/64ページ

最初のコメントを投稿しよう!

22人が本棚に入れています
本棚に追加