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悠馬の秘めた思い
「思い出した? 私の王子様」
「それじゃあ、あのときの正義感の強い高校生って、上杉先輩だったんですか?」
「朝井くんって、嬉しいこと言ってくれるじゃない。あのとき、君のこと初めて知った」
「すみません。全然、覚えていませんでした。失礼なこと言っちゃいました」
「朝井くんは全然悪くないよ。でもそんな謙虚な態度、大好き!」
「だ、大好きなんて言わないでください。僕なんか……」
「今ね。私、地球で一番幸せ。朝井くんに再会出来て……」
「あの、それは……」
「ねえ、お願い。どうして王道に入ったか教えてくれない?」
「す、すみません。話せません」
「どうして? 何言っても怒らないから」
「話したら先輩に大変失礼になります」
「えっ、それって……」
こういう場合、誰にだって答が分かる。明日香と一緒に言ってみよう。
「この高校に好きな女子生徒がいるのね。そうでしょう」
「違います。その人が高校生かどうか、社会人なのかも分かりません」
明日香ったら、悠馬に唇を重ねて軽くキッス。
「いい子だから、その女性について、詳しいこと教えなさい。そうしたら私がふたりのキューピットになってあげるから……」
えっ、明日香? あっさり悠馬のこと諦めちゃうの? それにしても何だか母親のような接し方である。
「ごめんなさい。でも上杉先輩でも百パーセントムリだと思います」
「どういうこと?」
「その女性、僕にとって高嶺の女性なんです。でもその女性が熱心に勧めてくれたんです。
『王道高校に入りなさい』
って。だから僕、頑張ってみようと思いました」
悠馬は寂しそうに目を伏せた。確かに日本を代表する綺集院財閥の令嬢との恋のキューピットは、誰にとっても難しそうだ。そもそも近づくことも出来ないだろう。
明日香は、悠馬の寂しそうな表情を見て、思わずハンカチを目に当てた。悠馬の言葉から、相手が大会社の令嬢のような、一般人の近づけない相手だと気がついたのかもしれない。
悠馬はブレザーの内ポケットからロールピアノを取り出した。香蓮からのプレゼントだった。
悠馬はピアノを弾くのが好きだったが、経済的な理由でピアノは売ってしまい、ピアノのレッスンもやめてしまった。つらかったけれど、これ以上、母に苦労はかけられなかった。香蓮はそれを知って、広げると三十センチほどの長さになるロールピアノミクロをプレゼントしてくれたのである。
悠馬はロールピアノを膝に乗せた。両手の指を広げてみせた。
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