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「陰キャラ」「ボッチ」の悠馬のそばには「陰キャラ」「ボッチ」の優しい先輩
それから悠馬は居間に入り、仏壇で両親に手を合わせた。キッチンで食事をしている祖母に声をかける。
「おばあちゃん、行ってきます」
「気をつけてね。昨夜もずいぶん遅かったけど大丈夫?」
「ごめんなさい。お父さんのメモをパソコンに打ち込んでたの。『倫理』の授業に役立つし、僕も興味あるから……」
「悠馬は体が強いわけではないから、お母さんみたいにならないよう気をつけて。お祖母ちゃん、それだけが心配だからね」
「はいっ。おばあちゃんも翻訳の仕事、あまりムリしないでね」
「大丈夫。悠馬の未来を応援してるんだからね。行ってらっしゃい」
コーポの二階一号室。悠馬がドアの外に出たとき、スマホにメッセージが届いた。
<悠馬先生。テスト頑張ります。応援してください>
悠馬は中学三年から、児童福祉施設の子どもたちに勉強のお手伝いをするボランティアに参加している。メッセージは、悠馬が「算数」の勉強に協力した小学六年の桜井日向子からだった。今日、苦手な算数のテストがある。昨夜、ふたりで特訓したばかりだ。
<桜井さんならだいじょうぶ。応援なんかいらないって。でも一言だけね。勝利にむかってガンバレ>
悠馬が返信すると、勝利を表す「V」マークが送られてきた。悠馬は日向子の健闘を、心から祈った。
(大丈夫。そう、大丈夫だよ)
自分のテストのように心配し、コーポの階段を駆け下りる。上杉明日香が、いつものようにコーポの前に立っていた。夏服のスクールブラウスを着て、優しい笑顔を、いつものように悠馬ひとりだけに向けてくる。
七月中旬なので相当蒸し暑い。明日香は自宅から歩いて来たはずなのに、それほど汗をかいていなかった。
「おはようございます」
悠馬は丁寧に挨拶する。
朝井悠馬。名門の王道高校一年特進クラス。
私立王道高校とは? 一流大学への進学が多く、数多くの政治家、官僚、超一流企業の社長、重役がこの高校から生まれてきた。
それだけの実績のある高校だから、学費も高額。生徒といったらタワーマンションや豪邸で優雅に暮らし、通学は送迎車、夏休み冬休みは海外で過ごす人間が圧倒的。
というわけで、コーポに母方の祖母とふたり暮らし、幼い頃に亡くなった父親の保険金と退職金で細々生活している朝井悠馬がそもそも入れる高校ではない。
綺集院香蓮のアドバイスを受けて王道高校奨学生の資格を取得し、学費も含む一切の費用免除で何とか入学できたのである。奨学生でなければ、入学費だって払えなかったろう。
「現代文」「英語」や「現代社会」は、ずば抜けて得意。入学早々の実力テスト、一学期の中間テストの学年順位は十位以内。
身長は低くて一メートル六十センチ以下。眼鏡をはずせば、なかなかのイケメンなのに、悠馬ったら眼鏡をはずさないし、クラスのだ~れも悠馬の素顔なんかみたくもなかった。
無口でおとなしく「陰キャラ」で「ボッチ」、そしてクラスメイトからは、「名門校に全然ふさわしくない家庭環境」とディスられ、「クラスカースト最底辺」のポストが入学早々確定。そのまま今日まで続いている。彼がクラスカーストトップに躍り出ることは三年の間、まったく不可能に思われた。
だが実をいえば、朝井悠馬は「ボッチ」なんかじゃなかった。
一年上の上杉明日香が、いつも悠馬のそばにいるという動かしがたい事実があったのである。
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