上杉明日香の正体

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上杉明日香の正体

 明音が静かに答えた。明日香が悠馬から手を離した。 「悠くん、あなたのために戦うから。少し離れててね」  母親のように悠馬に言い聞かす明日香。明音が苦しそうな表情になる。 「朝井くん!」  悲痛な叫び声だった。 「私は!」  だがそれ以上、言葉は続かなかった。  明日香が中段、明音が上段に薙刀を構えて向かい合う。ふたりの間は約三メートル。  にらみあったまま、一歩も前に進まない。ただ緊迫した空気が流れていった。  明音は心底、恐怖を感じていた。まったく前に進めない。全身に恐ろしいほどの圧迫感を感じている。  明日香は冷たく笑って明音を見つめてくる。  明音はかすかに足を動かして誘いをかけた。明日香が誘いに乗って攻撃してくるのを待とうとした。  明日香は全く動かない。  明音の額から汗があふれる。明日香はニッコリ笑ったままだ。 (体が重い。倒れそうだ。何という殺気だ。私は何という恐ろしい人間を相手にしたのか)    明音の忍耐は限界に来ていた。このまま全身が崩れ落ちるのを待つしかないのか?  そのときだった。明音がステージの奥に立っている悠馬にかすかに目を向けた。優しく笑いかける。  わずかだが(すき)が見えたような気がした。  明音は見逃さなかった。   (今だ)  明音が明日香に面打ちをかける。薙刀の切先を明日香の頭部に向ける。  一瞬で、明音の薙刀が明音の薙刀を受けた。明日香の眼鏡が落ちる。すぐに明日香がスルスルと後退する。  明音が前に出る。明日香の胴を狙う。明日香は素早く右に避ける。  明日香の薙刀の切先が、明音の胴まで伸びた。そのまま、胴の直前でピタリと止まった。  切先は明音に当たっていないように見えた。  だが次の瞬間!  明音の身体は大きく宙を舞い、ステージの審査員席のデスクに叩きつけられていた。  デスクは横倒しになり、孔雀はデスクの下敷きになって悲鳴をあげている。  明音が大きく息を吐きながら立ち上がった。  明音の目の前には、明日香が眼鏡をはずしたまま仁王立ちしていた。   「魔鬼羅鏡花(まきらきょうか)。やはり君だったのか」  明音がガックリと肩を落とした。 「もっと早く気がつくべきだった……」  マスコミ席では、「令和日報」の獅子内記者が感慨深げに叫んでいた。 「伝説の薙刀の達人、魔鬼羅鏡花。まさかここで再びその姿を見るとは……」  獅子内記者の言葉にマスコミ関係者は、真剣な表情でステージの上の明日香を見つめた。 「そう。私の本名は上杉明日香。そして『魔乱流』の後継者として魔鬼羅鏡花と名乗っていた。京文字さん。あなたはいいライバルだったと覚えている。出来ればいいライバルのままでいたかった」 「私の負けだ。何もかも」  明音が悠馬の方に目を向ける。 「私は『八甲田大間流』を世界に広めるため、黒薔薇財閥の傘下に入った。だが今、それを心から後悔している」  明音は審査員席で震えている孔雀に目を向けた。 「黒薔薇社長。もうここに戻ることはないでしょう」  明音の言葉に、孔雀があわてふためく。 「ちょっと! 京文字先生」  すぐ明音に駆け寄ろうとして、ステージの床に座り込んでいるアリスにつまずき、そのままひっくり返る。 「もうイヤ、みんな大キライッ」  孔雀の泣き声が響きわたる。  明音は無言のまま、悠馬に歩み寄った。悠馬が頭を下げる。明音が口を覆う白い布を一瞬ではずした。  そこには慈愛に満ちた口元があった。明音が微笑む。悠馬の頭をなでる。 「大好き」  次の瞬間、明音は悠馬を抱きしめ、唇を重ねていた。悠馬の口の中に明音の長い舌が入って来て、悠馬の唾液をすべて吸い取った。 「な、何してるの。離れなさい」  明日香が今まで聞いたことのないヒステリックな叫びと共に駆け寄る。  明音は悠馬から離れた。悠馬に慈愛に満ちた微笑みを残し、そのまま、ステージから消えた。        
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