標的は悠馬?

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標的は悠馬?

 王道高校の校舎が見えてくると、生徒の数も増えてくる。ふたりが肩を並べて歩いているときだった。  突然、悠馬の身体が大きく揺れだ。明日香がスキンシップをしたのでフラフラになったではない。明日香が手を伸ばしたときには、もう遅い。次の瞬間、悠馬は、その場にガクッと膝をついていた。 「わりぃ。足が引っかかった」  男子の声がすぐ後ろから聞こえてきた。あんまりどころか、ぜんぜん反省した様子もない。悠馬と同じ、一年特進クラスの宇野だった。ふたりのクラスメイトと一緒だった。以前、悠馬に宿題を頼んでキッパリと断られてから、呪いのワラ人形片手に、悠馬を逆恨みしていたのである。 「朝井くん、頼むから、ちゃんと前見て歩いてくれよ」 「前見て歩くことも出来ないんじゃ、オレたち危なくて迷惑なんだよ」 「頼む。退学届書いてくれ」  三人は笑い声をあげながら通り過ぎていく。  明日香が悠馬を助け起こす。 「すみません」  悠馬が頭を下げる。明日香がハンカチを広げ、スクールパンツの汚れをふき取った。 「可哀そうに」  声を詰まらせる。  明日香の両目がジワジワと濡れていく。 「ぜんぜん大丈夫ですから……」 「あの生徒、わざと足を引っかけた、許さない」  明日香が、離れていく宇野の背中をにらみつける。 「先輩、やめてください。何も証拠はありません」  悠馬の言う通り。生徒指導の教師に報告したって、「つい足がからまりました」と弁解されればそれまでというもの。宇野たちもハッキリしたいやがらせをすれば、自分の身がどうなるかくらい、よ~く分かってます。悠馬に宿題を頼んで断られたときだって、会話を録音している訳じゃないし、悠馬が教師に報告しても「そんなこと言ってません」と否定すればそれまでである。  「大丈夫」と言いながら悠馬は痛そうに左足を引きずっている。明日香が悠馬の身体を支える。誰もいなかったら、そのままギュッと抱きしめていたかもしれない。どこから見ても、悠馬のカノ女そのものである。 「ボッチが二股かけてる」  女子生徒の嘲るような声が聞こえてきた。悠馬の耳にはハッキリ聞こえてくる。 「SNS見た? あいつ、無断で家庭教師のアルバイトしてて、今度は六年の女の子とトラブルになったんだって」 「また⁉︎ つくづく懲りないヤツ」 「相手が小学生。それか自分と同じボッチとしかつきあえないんだよ」 「情けない」 「ヘンタイじゃない」  悠馬の体が一瞬で硬直した。自分が悪いことをしたように、じっと下を向いている。  笑い声が響き、また遠ざかっていった。  明日香が思わず追いかけようとするのを、悠馬があわてて止めた。 「先輩」  明日香が立ち止まる。そう、女子生徒たちは「ボッチ」としか呼んでいない。悠馬の話なんかしていないと言い張ったら、それまでだ。 「もう慣れてます」  直接、名前は出さないが、誰を指しているのか、すぐに分かる。ネットを利用した卑怯な嫌がらせが、今では社会問題にもなっている。 「朝井くん、待ってて。校内の裏SNSで、朝井くんのフェイクばっかり流してるヤツら、絶対犯人突き止めてやるから」 「そんなことしたら先輩が何言われるか分かりません。どうか、やめてください。それに直接、僕の名前は出してないのだから、絶対勝てません」  明日香は思わずこぶしを握っていた。悠馬があわてて話をそらす。 「先輩、あれ何でしょうね」  正門の近くで、学校の塀に何枚もポスターが貼られていた。多くの生徒たちが立ち止り、真剣な表情で、ポスターに目を向けていた。あちこちで話し声が聞こえる。話し声はだんだん大きくなっていく。 「哲学者のニーチェなんて『倫理』の教科書の内容でしか知らないな」 「ニーチェについての論文発表なんて、とてもムリだ」 「ニーチェの哲学? テスト終わったら忘れたな」 「けれど優勝賞品がすごい」 「賞品だけでも欲しい。黒薔薇会長とお近づきになりたい」  一体、ポスターには、何が書かれているのだろうか?
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