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こんな事ってあるだろうか。転職先の会社の社長は山峰さん、副社長が山野さん。その時点では、社長と副社長の名字に山がついているなんてすごいな、としか思っていなかった。
「私、山室さんの指導役をさせていただきます山藤です」
また山付いてる。会社名には山が付いていいないのにどういう事か。偶々なのか。
「私は山室さんの隣の席の山井です。宜しくお願い致します」
頭がおかしくなりそうだった。この会社の人もしかして皆、名字に山付いているんじゃないかと考えてしまう。
昼休み、前の会社で仲良かった同僚の山崎・・・・・・(あれ、こいつも山付いていたんだった)に電話した。
「どうだ転職先は」
「頭おかしくなりそうなんだよ。何かさ社長はじめ皆、名字が山なんとかで」
「えっマジで? すごい会社だな。お前の名字も山室だ。それで採用とか」
笑っているからイラっとして言った。
「何言ってるんだよ、俺の実力だよ」
「悪い、久しぶりに声が聞けてつい冗談。頑張れよ」
だったら最初からそう言えばいいのに。
「山室さん、立ち入り禁止の扉の前の通路は絶対に通らないでください。会社のルールに1つです」
しかし数日後、資料を頼まれて移動した時、迷ってしまった俺は気づかずに歩いていたら、立ち入り禁止の扉の前で白い人の形をした煙に吸い込まれた。
そこで見たのは大きな天井すれすれまにまである山の立体模型。部屋の半分近くを占領している。
「ようこそ私の部屋へ。私の希望は貴方の才能です。此の会社の社員は皆、何か1つ差し出すようになっていますよ」
何の事だ、何か1つって物じゃなくて人間の中にある物? 床に座り込んだ俺は指導係の山藤さんと隣席の山井さんの声を聞いた。
「いた、山室君ダメって言ったのに」
「すみません。資料探して帰る途中で迷って」
俯きながら吐息をついた俺に、手を差しのべてくれた山藤さんの放った言葉に啞然。
「えぇ会長、確かに彼の才能は素晴らしいのですが、まだ入社したばかりですし、もう少し鍛えてからお連れ致します。御用の場合はヤッホーボタンを押して下さいませ」
俺そっちのけで話してるけれど。此の得体の知れない人の形をした煙が会長だなんて。会長以外は皆、人間なのに。とりあえず頭を下げて部屋を出た。ヤッホーボタンは会長と社内をつなぐボタンらしい。
「あの、どういう状況なんでしょうか」
「驚くわよね。最初は誰もそう。お昼の時に説明するわ」
指導係の山藤さんの緑色のネイルが山を思い出させる。次はいつ登山に行けるのだろうか。仕事も覚えなければいけないし、まだまだ先だろうか。
待てよ。会長に才能を与えなければいけないのなら、早く仕事を覚えなければいけない。
覚えなければ・・・・・・どうなる? 早くたくさん仕事を覚えて、会長に才能を与えても仕事に支障がないようにしないといけない。
昼に社員食堂に誘われた。交代で入るので俺は指導係の山藤さんと昼食。他にも何人か同じフロアの人がいる。
「此の会社ね、正直いって変わってると思ったでしょ」
定食についていた煮物を飲み込み、正直に頷いたら山藤さんに笑われた。普通の登山用品の製造販売会社だと思って受けたけれど。
「でも山室君はきちんと試験を受けて、認められたから此処にいるの。安心してね」
「あの、山藤さんは会長に何を差し出したのですか」
真顔になったから、もしかしたら教えてくれないのかな、と思い水を飲んだ。
「私は脚力ね。自信あったから。会長にも伝わって」
「皆、早かれ遅かれ与えるんですね会長に」
「うん、此の会社人数少ないしアットホームでしょ。登山に行く目標があるの。その為に頑張っているの皆で」
そうか。だから自身の誇りを会長に分け与えているんだ。すごい会社の転職したんだ俺。
「じゃあ、午後も頑張りましょうね」
「はい」
こうして俺の転職先での会社員生活は続いている。
「会長に与えるチャンスって自分の判断で大丈夫なんですかね」
山藤さんは頷いてい言う。
「そろそろじゃない? 会長からもここのところ催促受けているのよ。才能を会長に与えられるのは山室君よ」
7月下旬。立ち入り禁止のドアがギ~ッと音をたてて開いた。
「山室君、ようやく再会が出来た。君の才能を分け与えていただこう」
すると会長に包まれて頭がボワッとして、しばらく何も考える事が出来なかった。会長は人の形をした煙のような姿なのに、ふかふかとして温もりがあった。
「山室君、君も一緒に登山に行ってくれるかね」
「はい、ご一緒させていただきます」
(了)
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