34 それぞれの悲しみ

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「私はかつてアルゴスの領主に仕えていた。孤児の私を領主は、親代わりに育ててくれた」  ニコスの主、アルゴスの領主はネクロザールからの過酷な税に苦しむも、涙ながらに領民に訴え、穀物を徴収した。領民も領主の心を知っていたから、少ない収穫物を惜しみなく差し出した。  しかし、ネクロザールの役人はついに「聖妃様を復活させるための生贄」として幼子と美女を要求する。 「主君は、聖王の生まれ変わりには逆らえないと、生贄をさし出した……よりによってご自身の奥方と幼い姫を」 「ひっ!」  カリマは顔を覆った。 「私も他の家臣も主君を責めた。奥方と姫君を犠牲にするぐらいなら戦うべきだったと。すると我がアルゴスの領主は……城の塔から身を投げ出したのだ」  領主を失ったアルゴス領は、ネクロザールの直轄地となった。 「主君を死なせ絶望の淵をさまよっていた私に、師は希望を与えてくれた。ネクロザールは、聖王の生まれ変わりではないと断じてくれたのだ。おかげで私は、主君の無念を晴らそうと立ち上がれたのだ」  中年男の恍惚の表情から、エリオンへの忠誠心が伝わってくる。  少女の目から涙が落ちた。 「カリマちゃん、いい子だね」  ホアキンがそっと温かい滴を拭う。 「あたしは悪いけど、泣ける話じゃないよ。だらしない男の自業自得ってだけ」  いつもの笑顔を崩さず、短剣使いは語った。
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