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小麦と葡萄がよく取れるラサ村は、ネクロザール軍派兵の拠点地となった。
鍛冶屋マルセルは王軍のため、農具のみならず武具をせっせと差し出した。
自分の仕立てた武器が、何の罪のないどこかの村人の命を奪うのか……彼はそのような迷いを打ち消した。
シャルロットとリュシアンを見殺しにし、カリマに無理矢理、ネクロザール王への忠誠を誓わせた自分には、そのような哀れみを感じる資格すらないと、言い聞かせる。
マルセルは荷車を押して、館の物々しい門をくぐった。
向こうから、役人に率いられた狩人たちが近づいてくる。大きな鹿を捕まえたようだ。
弓を手にしたカリマも一軍の中にいた。
マルセルはカリマを含め皆に「よお」と笑顔を振り撒くが、カリマからは、冷たい視線が返されるのみ。他の狩人の男たちは、マルセルなどいないかのように振る舞った。
(俺は、カリマにも村のみんなにも軽蔑されて当然だ)
マルセルが王軍に尽くす様子から、村人は噂した。彼がシャルロットに恋慕するあまりリュシアンを憎み、ネクロザール軍を手引きしたと。
(そう思われても仕方ねえよな。俺は卑怯者だ)
「また鍛治で寝られない日か続くのか。今夜ぐらい普通に寝床で休みたかったなあ」
ワインを一口でも味わいたいが、役人たちは酒の所有を認めないので、この一年、マルセルも含めて村人は口にしていない。
村人は、自分達が口にできないのに、見知らぬどこかの貴族やらのために、せっせと葡萄を育てる。
こんな世の中いつまで続くのか?
ネクロザールは五十才ぐらいと聞いている。そろそろ寿命が尽きてもおかしくないが、下手するとあと二~三十年はこのままかもしれない。
「あ、トゥール村、討伐するって言ってたな。今夜、知らせてやらないと」
見えない明日を嘆く前に、今日やるべきことを進めよう。
マルセルは、役人たちが目を光らせている鍛治場に戻った。
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