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夜、マルセルは鍛冶場をそっと抜け出し、丘に向かった。
茂みに覆われた斜面に、大人が身を屈んでやっと入れるほどの穴が穿たれている。かなり近づかないと、この穴は見えない。
マルセルはしゃがみ込み穴に入った。少し進むと開けた場所に出る。若者はゆっくり立ち上がり、そろそろと進む。
ラサ村生まれの者はみな、子供のときこの洞窟を遊び場にしていた。
奥に進むと、よく知る娘の声が聞こえてきた。
「なにが聖王だ! 姉ちゃんを殺しやがって!」
あたりを小さなランタンが照らしている。
カリマを含めてラサ村の人々が十人ほど、しゃがみ込んでいた。他の村人も、次々にネクロザールへの怒りを口にする。
子供たちの遊び場だったこの洞窟は、今や村人の溜まり場と化していた。人々は時折この洞窟に集い、統一王の圧政への不満をこぼし、いつまでも明けぬ夜を嘆いていた。
が、マルセルはこの場に加わったことはない。
侵入者に気づくことなく話し込む人々に、マルセルはボソッと忠告する。
「お前ら、声でかいぞ」
パッとカリマが身を翻した。
「マ、マルセル……あんたも、こっちに入るか?」
躊躇いがちに娘が尋ねる。
「そんなわけねえだろ」
暗がりで村人の冷たい視線を浴びつつ、マルセルはボソッと呟く。
「軍が、トゥール村を攻めるってさ。ここは通り道になる。しばらくこの洞窟には近づくな」
村人が「なんだと!」「なあ、トゥール村に知らせてやらないと」と騒ぎ出した。
「やめとけ。アイツらは足が速い。お前らがトゥール村で戦の巻き添えになり殺されるだけだ。じゃあな」
若い鍛冶屋は背を向けた。
「マルセル」
カリマが呼び止めた。鍛冶屋は足を止めるが振り返らない。
「姉ちゃんの帽子、やめたんだ」
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